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第14話 大人の事情があるのだよ

 弓を選んだ私に待っていたのは人に当てても大丈夫な矢作りだった。
 まぁ、矢作りといっても、そっち側の専門家任せなんだけどね。
 でも私、そもそも人に撃つなんて怖いし、やりたくないんですけど?

 そんな言い分が通用しない我らの暴君は、既に彼に依頼を済ませていた。
 久保(くぼ)健太(けんた)君、我がクラスの工場。またの名を“創造主”。
 彼に作れぬ物はないとまで言われているが、私は世話になったことがなかった。

「武闘派に転向なんて、大丈夫かい?」
「ん〜、それ以前に知能派でもなかったからね、私って」
 知能派に属していたものの立場的には無所属に等しかった。
 どちらか選べと言われれば知能派が良かったけど、私の技能はそれを許さなかった。
「それに不覚にもかっこいいなって思っちゃったのよ」
「かっこいい?」
「このクラスのみんな。一つでも光るものを持ってるのってかっこいいよ」
 そして普通すぎる自分がすごく中途半端な気がした。
 私にも何かそういうものがあるのなら、何かになれるのならと思った。

「ま、なりゆきで見つけたものだけど、けっこう欲しかったもんなのよ」
 私もやっとクラスの一員になれる。この力はその切れ端なんだ。
 普通を貫いたって、みんなが持ってる何かは手に入らない。
 平坦な道よりも魅力的な道を見つけちゃったんだから行くしかない。
「でも武闘派は戦いの連続だよ?」
「最強の前衛がいるし、狙撃手は安全でしょ」
「……それもそうだね」
 私に攻撃を加えるには、あの二人を抜いてからじゃないと辿り着けない。
 それよりも気を付けなきゃならないのは相手方の遠距離攻撃だろう。
 私が真っ先に撃つ相手は敵狙撃手だが、そんな戦闘はほとんど無いだろうなぁ。
 ただの喧嘩でわざわざ狙撃手を用意するわけがない。
「ま、私は役立たずの狙撃手になれたらいいかな」
「それはそれでこっちのやりがいが無くなるなぁ」
「武器以外にも作るもんあるでしょ」
 クラスメイトのために便利グッズを作ったりしてればいいのだ。
 普通に生活する分には武器なんか必要ないんだから。

「そりゃまぁ、そっち作ってる方がいいんだろうけどね、っと……よしできた」
 ゴムの鏃が付いた矢を渡された。指先で鏃を弄ると、くにゃくにゃと歪む。
 しかし、これを鏃と呼んでいいのか判断に迷うところだ。
「これ、人に刺さったりしないよね?」
「まだ試作品の段階だからなぁ……刺さるかもね」
 やってみなくちゃわからないってことか……。
 完成品ができるまでにはもう少しかかりそうだ。

「ちょっと撃ってみようっと」
「やるなら外でね」
 ちなみにここは空き教室。一般生徒の近寄らない特殊クラスだけが使える教室だ。
 校内に二つある空き教室を3−Fと2−Bがそれぞれ一つずつ占拠している。
 そこらへんきっちりしてるのは余計な火種を起こさないためだろう。

「僕も見たいから付き合うよ」
「んじゃ、裏山ね」
「なんでさ? グラウンドの隅でやればいいじゃないか」
 学校のグラウンドで堂々と弓を引くほどの度胸なんか、私にはまだ無い。
 なによりアレに知られたら卒倒しかねないからなぁ……。
「大人の事情があるのだよ」
「よくわからないけど、わかったことにしとくよ」
 私の技能を知る者はまだ少ない。できればクラス内程度で留めておきたいものだ。
 有名になりたいとは思わないし、弓を使う場面にも陥りたくない。
 技能はあれど使用せず。そういうポジションが私の希望だ。


 裏山に登って学校から見えないように、雑木林の中に入っていく。
 この裏山も特殊クラス御用達のフリースペースと言える場所の一つだ。
 っていうか、誰もこんな場所に好き好んで入らない。
「とりあえず、十メートル先を狙ってくれる?」
「ん? そんな近くていいの?」
 私の弓の射程距離は五十メートルを軽く超える。
 十メートルなんて遠距離攻撃と言えるののかすら微妙な距離だ。
「見たいのは威力だからね」
「それもそっか」
 ギターバッグから弓を取り出して準備を整える。
(さすがにこの偽装もそろそろ限界だよなぁ)
 突然ギターバッグを持つようになったのを周囲のみんなは不思議に思っている。
 もちろん私はギターなんて弾けないし、弾こうと思ったこともない。
 何かもっといい方法を考えるか、本当にギターの練習をするか考えないと……。

「全力でいい?」
「あぁ、そうじゃないと試射にならないからね」
「んじゃ、遠慮なくっ!!」
 初めて使う矢でも、的が十メートル先の大木なら当てられるだろう。
 この矢がとんでもない欠陥品でもない限り、だけど。
 キリキリと弦を引き絞る。角度を調整して狙いを定め、放つ。

「う〜ん、こんなもんかな」
「早いなぁ。あの短時間でよく狙いが定まるね」
「まぁ、なんとなく見えるから」
 これはそういう技能だ。他のみんなにはなくて私にある特技。
 普通に生きてる限りは何の役にも立たない技能だと思う。

「この程度なら大丈夫かな」
 久保君は矢の当たった大木を見ながら、人に当てたときのダメージを予想する。
「急所に当てなければ、でしょ?」
 刺し貫かなくても局部の破壊に特化した武器だ。それくらいはわかる。
 目に当てれば刺さるだろうし、喉に当てても重傷は免れないだろう。

「骨が折れるほどじゃあないな。錘付きの矢も用意しとくよ」
「用意するのはいいけど、使わないからね」
 軽い打撃レベルで十分だ。骨を砕くほどの威力は必要ない。
 戦闘に弓を使う気もないんだからこの程度の矢でいいんだ。

「ところで、うちのクラスに楽器やる人っていたっけ?」
「……そういえばいないね。何? ギターでも始めるの?」
「カモフラージュにね」
 これだけの才能を集めながら楽器を演奏できる人がいないのも珍しい。
 特技としては持ってなくても、ギターなら弾ける人がいるかもしれない。

「とりあえず矢はゴム鏃を九本と錘付きを一本作っとくよ」
「はいはい、絶対使わないと思うけど好きにしてよ」
 そういや、ギターっていくらくらいするんだろ……。
 弓は久保君が作ってるから原価だとしても、そんなに余裕ないんだよなぁ。
(ま、いっか。急ぐ話でもないし……)
 バレそうになったら笑って逃げればいいし、なんとかなるでしょ。
 都合の悪いことを後回しにするのはよくないとは思うが、考えるのが面倒になってきた。

 でも、きっと、そんなにうまくいくわけないんだろうなぁ。
 たぶん、それはそう遠くない未来。私は狙撃手として実戦に参加するだろう。
 このクラスは特殊クラスで、特技を生かすための場所なのだから……。



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