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第13話 とりあえず、私?

 当たり前のようにできることが、実は友人達にとってできないことだったら?
 それはもう自分がどう思おうと周囲からしてみれば特技になってしまう。
 そして、我がクラスには特技の域を超えた特技を持つ人がけっこういるわけだ。

 そんなクラスの中で比較的平凡だったはずの私にも特別な技能が宿っていたらしく……。
「百発百中だねぇ」
 春香が感心したように言ってきた。
「実際、百発も撃ってないけどね」
 渡された得物はパチンコ。Y字型のプラスチックフレームにゴムを付けただけのものだ。
 しかし、そんな得物でも二、三発撃てば、軌道が見えるようになる。
 そこから先は、春香の言うとおり、たとえ百発撃っても外す気がしない。

「んじゃ、奈緒。明日、弓道部入って」
「……は?」
「弓道部だよ、弓道部。和弓でどうなるか見てみたい」
 いや、言ってることはわかるんですが、あまりにも突然すぎて驚いてしまった。
 しかし、今は二年の一学期終盤。部活を始めるには遅すぎる時期だ。
「インターハイでも目指せっての?」
「奈緒、アンタそんなもんに興味あんの?」
 春香にとっては、高校生の全国大会もそんなもん扱いか……。
 インターハイ出場を目標に頑張る運動部が可哀想に思えてきた。
「まぁ、無いけどさ」
 運動部の方々には悪いが、私もインターハイには興味はない。
 のほほんと生きてる私がそんな大舞台に出たいなんて思うわけがなかった。
「まずは弓道、次はアーチェリーやるから」
「うちにアーチェリー部なんてないけど?」
「大学にある。話は通してあるから」
(…………動きが早過ぎる)
 既にそこまで手を打たれていては、反論する隙もない。
 本人の承諾も無く、何やってくれてんですか貴女は……。

 ただ、春香も自分のためを思ってやってるんだろう。
 それを考えると責めるのも悪い気がしてできない。
「なんでそこまでしてくれるの?」
「ん? せっかく見つけた天賦の才なんだから伸ばさないと損じゃん」
 当たり前のことのように即答する春香。他人の才能なのになんでだろう?
 春香も春香で天賦の才の持ち主だが、自分のことより優先している気がする。
「それに、いざって時に何もできないのは悔しいもんだよ、かなり」
「そんないざって時は来てほしくないなぁ」
 なんか妙に実感が伴った言い方だった。春香にもそんな経験があるのだろうか……。
 地雷っぽいから聞かないけど、頭の隅に留めておこう。

「うちの弓道部は人気ないからすぐに撃たせてくれると思うぞ」
「いや、いきなり撃って勝っちゃったら弓道部の人達が可哀想すぎるっしょ」
「いきなり勝つ気かい」
 だって外さなきゃいいだけなら、たぶん勝てちゃう気がするもん。
 この技能のことを考えれば、それくらいの自信は湧いてくる。

「できないと思う?」
「いや、奈緒がそう言うんならできるんだろうね」
 そんなこともあって、的に向かって撃った日が私の退部の日ということになった。



「は? 入部しなかった?」
「う、うん……」
 春香から弓道部への入部を命じられてから二日後。私は藤木君と春香に結果を報告した。
 結果はさっき言った通り。私は入部することなく退部することになった。

「昨日、予定でもあったのか?」
「もしかして、ビビった?」
「ううん。昨日、体験入部したんだけどさ。遊びってことで的当て大会やったのよ。
そしたら私が優勝しちゃって……、弓道部の子達みんなマジ泣きしてた」

「「…………」」

 いや、まぁ、引くよね。自分のことながら私自身もドン引きしたし。
 初心者ってことでハンデも貰ってたのだが、そのハンデが必要ないくらいの圧勝だった。
 あの場面で私から「ハンデ返そうか?」とも言えず、ずるずると続けてしまったのだ。
「今日あたり弓道部で自殺者出るんじゃねぇか?」
「奈緒、井上春香はこの一件に関与してないって一筆書いといてくんない?」
「待てぃッ!!」
 行けって言った奴が関与してないとか、許されていいはずがない。
 そんなこと、たとえ神が許しても私が許さんわっ!!

「まぁ、冗談はこれくらいにして……」
「本当に? 本当に冗談だよね?」
「仮に自殺者が出たとしても奈緒に責任はないって」
 それでも寝覚めの悪い思いをすることになるだろうなぁ……。
 弓道部員にしてみれば、初心者に負けたんだ。プライドはズタズタだろう。
 どうかそこまで気に病む人がいませんように、と祈っておくことにした。

「なぁ、如月」
「なに?」
「如月なら、弓道部員のプライドを砕くかもって予想できたんじゃないか?」
 予想ね……、できてなかったと言えば嘘になる。
 ただ、予想できることとそれを考慮して動くことには大きな差があるわけだ。
「いや〜、弓道部の人達が本気だったから、負けるわけにはいかないなぁ、と」
「そこは負けろよ。初心者らしく」
 もう二度とあの道場には顔を出せないことは間違いない。
 とっても優しい人達だっただけに残念で仕方ない。自業自得ではあるが。
「でも全力には全力でもって対するのが礼儀でしょ?」
 単なる言い訳だった。悪いことしたとは思ってるし、反省もしている。
 だが、目の前の二人には言われたくないと思うのは私だけ?

「アンタは正しいよ。相手が相手ならね」
「如月が一般生と的当てで競うってのは赤ん坊とマジで喧嘩するのに近いぜ?」
 そりゃいくらなんでも言い過ぎでしょ。せいぜいプロとアマの差くらいよ。
「一日目で弓道部全員に勝つなんて誰ができるんだよ」
「とりあえず、私?」
「あぁ。そしてたぶん如月以外にはいない。少しは自分の才能の凄さを自覚した方がいいぜ?」
 藤木君に才能を誉められるというのもむずがゆい感じがする。
 自分だって才能の塊のくせに、私を誉めたって何も出やしないよ。

「次は気をつけるわ」
「確か次はアーチェリーだっけ? 結果は同じだろうけど、うまく立ち回れよ」
 結果は同じ……、私もそう思う。たぶん私の軌道予測は武器に左右されない。
 何の苦もなくやってのけてしまうだろう。
「ねぇ、春香。アーチェリー部まで行く意味あるの?」
「撃ち方さえ覚えてくりゃいい。目的はそれだけだから」
 射撃の練習ではなく、武器の使い方を学ぶための練習。
 なんだか自分がスナイパーにでもなったかのようだ。

 和弓を使ってみて思ったのだが、弓は自分に合ってる気がする。
 銃、パチンコ、投擲武器など、遠距離攻撃用の武器はたくさんある。
 使ったことのない武器の方が多いくらいだが、弓はなんていうかしっくりくるのだ。
 これ以上は無いってくらいに扱いやすいし、使い勝手がいい。

「それで今日あたりさっそく大学に顔出してみたいんだけど」
「なんか如月、楽しみにしてるって感じだな」
「まぁね〜」
 確かに楽しみにしてるのかもしれない。一昨日感じてた辛さが嘘のようだ。
 早く新しい弓を使ってみたいという気持ちが込み上げてくる。
「ほどほどにな」
「わかってるって」

 そして放課後、ワクワクしながら行った大学のアーチェリー部。
 そこで自分の武器の原型となる得物に出逢ったのだった……。



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