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第12話 恋する乙女は怖いね 

 春香の鬼のような暴走があったり、半ば乱闘染みた席替えがあったり。
 毎日が退屈とは縁遠い日々。そして、それに軽く順応していく私。
 脱落者が出る中でも、私はわりと楽しみながら平然と過ごしていた。
 気配の察知も毎日気が抜けない状態を維持しているおかげで慣れてしまった。
 順調過ぎるほど順調で、最初にあった不安なんかはとうに消え去っていた。
 無能でもなんとかなるもんだ。今ではそんな風にすら思ったりする。

 さて、今日は勝てば宴会、負ければ罰金の体育大会。
 藤木君に乗せられて私達は負けられない闘いに身を投じようとしていた……。

「飛ばしてるなぁ」
 女子の中でも比較的運動のできる方だった私は野球に回されていた。
 今は守備についているのだが、まったくと言っていいほど仕事がなかった。
 なぜなら有香が連続奪三振記録を伸ばし続けているからだ。
「有香〜、そんなに飛ばしてたら後でバテるよ〜」
「うん、頑張る!」

 いや、頑張るなっつってんだから頑張るなよ……。
 もはや有香には私達の声など届いていないんだろう。
 とある要素が絡むと、彼女は否応なしに猪武者に変貌してしまう。
 そのことについてはクラスの大半が気付いていた。
 ってか、気付くなって方が難しいほどあからさまな態度である。

 三塁手なんて守備位置を任されたものの立ってるだけなら猿でもできる。
「紗衣〜、あんなこと言ってるけどどうなの?」
 私は遊撃手のポジションにいる仲本(なかもと)紗衣(さえ)に話しかけた。
 すると、紗衣はプレイ中にも関わらず堂々と三塁まで歩み寄ってきた。
「無理に決まってんだろ? あれで決勝まで保ったら宴会でストリップやってやるよ」
「だよねぇ」
 ストリップは言い過ぎだが、あんな調子で決勝まで投げられるわけがない。
 明らかにペース配分を間違った投球にチームメイトは皆、有香のことを心配していた。
「アイツも見てないってのに、張り切り過ぎなんだよ」
「同感。でもいいの? こんなとこまで来て。二遊間打たれたら長打だよ?」
「しばらくは打てねぇって。仮に打てても長打は無理だな」
 まぁ、攻撃に関しても有香は全力だ。二試合目でもホームランを量産している。
 兄貴達クラス、3−Fは潰したからいいものの、このままだと有香も潰れてしまう。

「六割の力で十分だっつっても聞かねぇんだから困ったもんだ」
 純真と言うか真面目と言うか……、見ててるだけで胸焼けがしそうな感じ。
「恋する乙女は怖いね」
「まったくだ」
 うちのクラスはオアシスのない砂漠のようなクラスだ。
 好いた惚れたの話もほとんどなく、とことん枯れている。

キンッ

 お、有香の全力投球に当てたよ。一般の方々にしてはたいしたもんだ。
 しかし、球威に負けたようで、ボテボテのゴロがこっちに向かってくる。
「有香! 任せてっ!!」
 ゴロの処理までやられちゃ本格的に仕事がなくなってしまう。

 前進しながらバウンドのタイミングに合わせる。
 捕球と同時にファーストのミットを補足、狙いを定めて投げる。
 オーケー、照準に誤差はない、力加減も悪くないと思う。なんとか届きそうだ。
「アウト!」

「ふぃ〜、間に合ったか」
 任せてもらって間に合わなかったら格好つかないからねぇ。
 一仕事終えて三塁に戻ると紗衣が呆然と私を見ていた。
「どしたの?」
「……奈緒、アンタ今のどうやった?」
「どうやった、って普通にゴロを処理しただけじゃん」
 こぼさないように捕球して、ファーストに送球しただけだ。
 特に変わったことはしてない。少なくとも紗衣が呆然とするようなことじゃない。

「セーフなんだよ。今のゴロを素人が普通に捌いた場合(・・・・・・・・・・・)は、ね……」
「へ?」
「まぁ、真偽は確かめりゃ済む話か」
 なんか……、なんかえらいことやっちまったって感じなんですけど。
 あ、有香もこっち見て目をパチクリさせてる。
 そんなにすごいことをやったつもりはないんだけどなぁ。


 その後、有香が三球三振でチェンジ。ベンチに戻ってからが早かった。
「ん、投げてみな」
「いいけど……」
 キャッチャーミットを構えた紗衣。別に構わないけど、なんか怖い。
 ベンチに戻るなり紗衣がキャッチボールをやろうと言ってきたのだ。

 仮で、グラウンドの隅ではあるが、マウンドに立つ私は場違いな気がする。
 こんな場所に立っていいんだろうか、と思えてきてしまう。
 ま、実際の試合で私があの場に立つことはないのはわかっているが……。
「よっ」
 難なくキャッチャーミットに収まる。うむ、我ながら上出来だ。
「奈緒、ピッチャーの経験は?」
「あるわけないでしょ、っと」
 打順はまだ先だ。私が九番で紗衣は一番。あと数人の余裕がある。

 二十回ほど投げた頃だろうか、紗衣が立ち上がってキャッチボールが終わる。
「OK、春香に言っとくわ」
「何を?」
「我、原石を見つけたり……かな」
「……は?」
「ほら、アンタの打順、次だよ。とっとと三回降ってきな」
 ムッ、私じゃ一般生相手でも三振確実だってわけ?
 ……やったろうじゃん。こうなったら意地でも当ててやる。
 前の試合じゃ全打席三振だったけど、この試合では初打席だもんね。

 ネクストバッターサークルで素振りを繰り返す。
(絶対打つ!)
 前のバッターが三振して、私の番がやってくる。
「さぁ、来い!」
 ピッチャーを挑発する九番バッター。野球マンガでもあまり見られない行為だ。
 そしてピッチャーの手からボールが離れた直後にそれは起こった。

(は?)
 向かってくるボールの軌道がなんとなくわかる。
 ボールは自分の予想と寸分違わぬ軌道を描いてキャッチャーミットに収まる。
「ストライク!!」
「…………」
 なんだこれ? 前もこんなことあった。花見でキレたときだ。
 二球目も同じようにボールが予測通りの軌道を辿る。
「ストライク!」
「振らなきゃ当たるもんも当たんねぇぞ〜」
 紗衣から野次が入る。こっちはそれどころじゃないっつうの!
(とりあえず、試してみよう)
 自分が本当に球の軌道を理解できてるなら当てることなど容易いはず。
 なんでかはわからないけど、こいつの正体はハッキリさせとかないと……。

 三球目にもなると軌道のラインが頭に浮かぶ。
 私は半信半疑でその軌道上にバットを立ててみた。

コン……

 当たり前のようにボールがバットに当たり、転がっていく。
(間違いない……、みたいね)
 どうやら私にはあの人の投球の軌道を完璧に把握できるようだ。
「アウト!!」
「あ゛……」
 あまりにも常識はずれな出来事に走るの忘れてた……。
 私はボールを拾ったピッチャーに悠々とタッチされていた。

「なにやってんだ?」
「……なんなんだろね?」
 自分でも何が何やらさっぱりわかっていなかった。



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