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第11話 いつも通りだね

 今更ながらに思うんだけど、私ってここまでやらなきゃなんないの?
 先日の懇親会が終わってから、すぐに春香による気配察知の訓練が始まった。
 始まったのだが、ひどく感覚的な話で学校の勉強のようにはいかない。
 こればかりはまさに身体で覚えるしかないのだ。

 教室内の雰囲気は、花見前と打って変わって明るいものになってきた。
 交流も盛んになり、私にも友達付き合いをするクラスメイトができた。
 それと同時に皆が特技を表に出し始め、ところどころで噂がたつようになる。
 まるで特殊クラスが本来の姿を見せるかのように盛り上がってきたのだ。

 そんなこともあったからか、クラス内で武闘派と知能派という分類が生まれてきた。
 暗黙の了解とも言うべきか、自ら名乗り出ることもなく周囲に決められるのだ。
 私も知能派に所属することになったのだが、それは決して頭がいいからじゃない。
 武闘派になれるほど強くないから、っていうか、ぶっちゃけ弱いからだ。
 そしてもう一つ。我がクラスの最強コンビが定めたよくわからん階級制度……。

「大佐殿〜、もうちょっとコツみたいなの無いの?」
「コツねぇ…。常に周囲の動きすべてに対して気を配ることかな」
「それができたらとっくに習得できてるって」

 井上春香大佐をトップに置いた、軍隊式の階級制度だ。
 ちなみに私の階級は二等兵。これ以下の階級はない。つまり最下層である。
 だからと言って上官には絶対服従、とかいったルールはない。
 ただのごっこ遊びみたいなもので特に深い意味はない。

「なんとなくならわかってきたんだけどなぁ……」
 意識すればそれらしきものを感じることができるようにはなった。
 しかし、次のステップ、無意識下での気配察知の段階で私は躓いていた。
「気配探る癖を付けりゃ、あとは慣れだよ」
 これに慣れちゃった時、私はもう引き返せない場所にいるんだろうなぁ。
 あの花見大会から二週間ほど経ったがなんとも微妙な進み具合だ。
 それでも春香が言うには筋がいいらしく、焦ったりすることはなかった。

「んじゃ、如月二等兵。精進するよ〜に」
「いえっさ」
 やっぱ、やらなきゃならんのだろうなぁ……。今後のためにも。
 それくらいできていないと自分に降りかかる災害から逃れられない。
 ここにはここのルールがある。現代日本とは一線を画したルールが。


 授業中も目を綴じて、わかりかけてきた気配を感じ取ろうとしていた。
 授業? 聞いてるわけないじゃん。後で追い込みかけるからいいの!
 テストの点さえよけりゃ学校は文句言わないんだから問題ない。

「ん?」
 教師の隙を突いて後ろの席からメモが回って来る。
 こんなことも慣れっこになってきた。ちなみに一度もバレたことはない。
 さて、今日はどんな伝言が回って来たのやら。
 メモを開いて内容を見る。あまりのアホらしさに溜め息を吐いてしまった。

(2年B組ベストカップル投票……ねぇ)

 私からしてみれば果てしなくどうでもいい内容だった。
 こんなもん、わざわざメモ回すほどのことじゃないでしょうに。
 現在の投票状況は……、あぁ、やっぱりあの二人がトップだ。
 だいたい1ヶ月も経ってないのにそんなこと把握できるはずがない。

 これ、もしかして藤木君と春香を嵌めるための罠なんじゃなかろうか?
 勝ちの見えた投票にそこはかとなく悪意を感じる。

 ん? よく見りゃこの紙、誰かが票の改竄やってるわ。
 二人に書かれた票を見ると消された跡がある。
(藤木君かな……。まぁ、気持ちはよくわかるわ)
 彼もこんなあからさまな吊し上げは絶対嫌がるだろう。

(んげ…)
 私と藤木君にも票が入っている。誰だか知らないが、勘違いもいいとこだ。
 確かに気にはなってるけど、そこまで強い気持ちじゃないし、春香にゃ負ける。
 このまま変に票が入っても困るが、どうせ首位は不動だろう。

(同情はするけど不正はいかんよ、不正は)
 私は消されたであろう藤木・井上ペアの票を5票ほど増やしてあげることにした。
 誰もがそう思ってるだろうし、納得できる結末になるはずだ。
 クラス公認のカップルに精一杯エールを送ってあげようじゃないか。

「そんじゃあ結果を発表するぞ〜」
 授業の後、結果発表が行われ、予想通り藤木君と春香の二人がベストカップルとなった。
 クラス総出で祝福の意味も込めてはやし立ててあげた。
 こんな小学生みたいなことやってる私達って、いったい何なんだろう……。
 時には戦士のように、またある時には小学生のように振る舞う私達。
 いろんな意味でまだまだ子供なんだろうなぁ……。

「地球のために貴様を殺す!!」
 哀れ、気付けば企画者の田村君は藤木君に連行されていってしまった。
 彼もこんなことすりゃこうなることくらい予期できなかったのだろうか。
 とりあえず戸口に向かって合掌。君はよくやった、心安らかに眠ってください。

「……全治何日かな」
「田村君は回復力が人間離れしてるから放課後には復活してるわよ」
 私の独り言に応えてくれたのは姫野さん、改め柚子だった。
 速攻で衛生兵の二つ名を冠した彼女がこの状況で動こうともしないのには理由がある。

 先週の話だ。初めは自分の使命と、すべてのトラブルに出動していた柚子。
 休憩時間になるたびに起きるトラブルに、彼女はいつもバタバタと奔走していた。
 武闘派が事を起こすたびに、怪我する者は続出し、彼女はその対処に駆り出された。

 そんな生活を送ること、三日。柚子はその絶え間ない仕事に、ついに匙を投げた。
 たった三日と思うかもしれないが、もし衛生兵が私だったら初日で辞めている。
 それほどの仕事量。端から見ていても、その激務っぷりは生き地獄に思えた。
 彼女は言った、「このままじゃノイローゼになりかねないわ」と……。

 そんなこともあり、今では要請があった場合や、緊急を要する場合のみ出るようになった。
「放置でいいの?」
「藤木君はわりと後に遺らないようにやってくれてるから平気」
 その判断基準が既に平気ではないと思うのだが、そこはツッコむべきだろうか?
 まぁ、休憩時間は短い。あえてスルーしてあげるのも優しさだろう。
「あの二人は人を殴り慣れてるから加減がわかるんでしょうね」
「下手な喧嘩屋よりはマシってことか……」
「そういうこと。もし喧嘩にプロアマがあるなら、あの二人は間違いなくプロね」
 喧嘩のプロって称号も、あの二人なら喜ぶんだろうなぁ。
(私なら絶対に喜べないけど)

「次の授業が始まるわ、席に着きましょ」
「……藤木君、戻ってこないね」
「放っときなさい。授業より優先順位高いんでしょ」
 なんつったって地球のため、だもんね。そりゃ授業より大事だわ。
 私達は気にすることを止めて次の授業の準備を始めるのだった。


 私だって真面目に授業を聞くときくらいはある。
 一通り予習をしてもわかんなかったときとか気分が乗ったときとか。
 ちなみに今は気分が乗ったとき。内容の復習がてらに真面目に黒板の内容を書き写していた。

スパァン!!

 いきなり凄い勢いで戸が開いたと思ったら、藤木君が入ってきた。
 そのまま席に戻らず、あろうことか教卓に立ち、先生そっちのけで演説を始めた。
「2−Bの諸君!! 君達は絶大なる勘違いをしている!!
ヤツは恋人でもなんでもないのだ!!
ただの幼馴染!! お・さ・な・な・じ・み、なんですよ!!
僕が起こさないと奴は学校に来ないんですよ!!
僕は恋人じゃない!! あえて言うなら生贄の羊なんですよ!!
君達は生贄の羊を羨ましいと思うのかね!? 微笑ましいと思うのかね!?
そして僕がこの境遇に満足していると思うのかね!?
否っ!! 断じて否っ!! 君達は生贄になったことがないから分からないのです!!
もう一度言おう!! 君達は勘違いをしている!!」

(うわぁ〜……春香をバッサリだよ)
 教室が静まり返る。当然だ、誰がこの空気で普段通りの反応ができるだろうか。
「…魂の叫びだ……」
 高槻君の会心の一言をきっかけに、拍手が起こりだし教室中に伝染していく。
 まぁ、湊大付属の怪獣相手にこれだけのことが言えれば、それだけで賞賛に値する。
 おそらく、あそこまで言えるのは学校じゃ彼だけだろう。
 そういう意味でも観衆の心情としては「よく言った」って感じかな?
 でも、これで今日のオチは決まったな。とっとと二人の直線上から離れとこっと。

「雄二……、お前は……、授業中に何をやっとるんだぁ〜!!」
 予想通り、春香が一直線に教卓へ向かい跳び蹴りを放つ。

「いつも通りだね」
「うん……すがすがしいくらいにね」
 私と柚子は目にも留まらぬ春香の一方的な暴力を平然と見つめていた。
 慣れとは恐ろしいもので、私は早くも特殊クラスの生活に馴染みだしていた……。



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