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第10話 あんびり〜ばぼ〜

 あなた方がどちらさんかは知りませんが、そろそろ潮時ではないでしょうか?
 次々と来る援軍も軒並み倒されてるんだから負けは見えてるでしょうが……。

 どうやらこちらも戦える者は全員参戦してるらしい。
 私達は戦う者と見守る者の二グループにはっきりと分かれていた。

 しかし、それでもクラス二つ分は軽く葬っているのだから恐ろしい。
 もはやこの喧嘩の原因がなんだったのかなど誰も気にしていない。
 あの場にいる人達はただ戦うために戦っている。
「もう、メチャクチャじゃん!」
 懇親会はどこ行った。私ゃ兵隊になって戦争やるために来たわけじゃないぞ。
 相手を見る限り、間違いなく私達より年上、大学生くらいだろうか?
 あんたらもいい大人なんだから退き際ってやつを見極めなさい!

 だいたいなんでこんなに経ってるのに警察が来ないんだ?
 隣人に無関心になるほど湊市は都会じゃないでしょ!?
 周りの大人も同罪だ。何もしないことが無関係だと思ってるなら大間違いよ。
「むぅ〜」
 イライラが募る。春香に対してではない、乱闘の相手と周囲の傍観者達にだ。
 楽しく懇親会やってたはずなのに、酒に呑まれたバカが暴れたせいで台無しだ。
「大変よ!! 一人こっちに抜けてきた!!」
 ちょっと待ってよ。こっちには戦える人なんて一人もいないはずだ。
 本陣にいるのは、おそらく戦闘以外の特技を持つ戦力的には雑兵クラスの者達。
「あっ、やめろよっ!!」
 みんなが用意した食糧が足蹴にされ、懇親会の会場がぐちゃぐちゃにされていく。
 数人が抵抗を試みるも、そこは非戦闘員。たった一人相手にまったく歯が立たない。

 なんなのよ……。せっかくの友達を作る場を荒らさないでよ……。
 喧嘩やりたいならあっちで存分にやればいいじゃない。
 平和な場所まで巻き込まないでよ。戦う意思の無い者まで戦わせないでよ。
「ハハッ、こいつら弱ェ〜」

(そんなに楽しそうに……私の居場所を壊すなッッ!!!)

 カッと全身が熱くなる。私の中で溜まりに溜まっていた何かが弾けた。
 それと同時に身体が敵を排除するために動きだす。
 私の心もそれに賛同している。躊躇いなんかどこにも無い。
「いい加減に……ッ」
 ビールの缶を掴み取って思い切り振りかぶる。
 身体は燃えるように熱いのに、頭は不思議なくらいクリアーだった。
 その証拠に投げる前から缶の軌道が見えるし、その軌道に必要な力加減もわかる。
「しろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッ!!!!」
 怒りに身を任せて振りきった腕。ビール缶は思い描いていたとおりの軌道を辿る。
 不思議な感覚。今の自分が俗に言うキレた状態であることを認識できてる。
 本来なら頭にも血が昇って冷静な判断なんてできないはずなのに……。

「ンゴッ!?」
 顔面にビール缶が直撃したんだろう。見るまでもなかった。
 そんなことよりも自分の身に何が起きたのかの方が重要な問題だった。
(どうしちゃったんだ?)
 自分の身体が自分のものでないかのように動いた。
 普段の私はビール缶を人に投げつけるようなことはしない。
 じっと怒りを内に秘めて何もできずに見ているだけだったはずだ。

 暴れていた人を見る。間違いなく私の投げたビール缶が命中して倒れている。
「……あんびり〜ばぼ〜」
 当たっていると頭では認識していたが、実際に見ると信じられない。
 本当に顔面に、しかも私のイメージ通りの場所に当たっているようだ。

「やるじゃん」
「あ、井上さん。私にも何が何やら……」
 よくわかんないけど結論から言うと、殺っちゃいましたってことなんだろう。
(如月奈緒、進級一週間で喧嘩デビューしちゃいました♪)
 早いよ! 早すぎるよ!! せめて一ヶ月は暴力に関わらない生活送れよ私ッ!!
 特殊クラスでもトップクラスの早さだよ! 一般人からダッシュでかけ離れてるよ!!
「ダメだ……このままじゃダメになる」
「何がダメになるってのよ?」
「安穏な私の学校生活」
「そりゃ、このクラスに入った時点で諦めんさい」
 わかっちゃいたけど目指さずにはいられない。これが私の生き様よ!
 私はバイオレンスな日々よりも平穏無事な日々を望む。

「あたしと不良ライフを満喫しようぜぇ」
「いや、私、一応善良な女子高生目指してるんで」
「ユー、やめちゃいなよ」
「ジ○ニー風に言ってもダメ!」
「ちぇっ」
 っていうか、人の目標を軽くやめちゃいなよとか言わないでよ……。
 まぁ、その目標もビール缶投げつけた時点で揺らぎ始めてるが。

「それよりあっちに戻んなくていいの?」
 乱闘は未だに継続中。状況は兵力が劣勢で武力は圧倒的優勢。
「ちょっと休憩」
「ふぅん」
「雄二、健吾、それから斉藤有香。あの三人は武闘派の中でもやれる方だね」
 やっぱりそうか。素人の私でも三人の動きが抜きん出て見える。
 それはつまり、それほど実力差が明確になっているということだ。
「凄いね……藤木君」
「あたしにゃ負けるけどね」
 あれより強いって……、そりゃもうバケモノですがな。
 もしかしたら、彼女は最強の女子高生なのではなかろうか?
 っていうか、他県や外国に春香よりむちゃくちゃな女子高生がいると思いたくない。
「約4割ってとこか。よくもまぁこんだけ集めたもんだ」
「4割って何が?」
「武闘派の数。あとの6割は戦闘以外の特技持ちってこと」
 たとえば姫野さんの医療みたいな特技を持つ人が6割、ということか。
 すると私も当然6割側に振り分けられたってことになるわけだが……。
(すみません! ここに無能が一人います!!)

 4割はもちろん、6割にすらなることもできない私。
 なんだか自分がこのクラスの部外者であるように思えて、少し寂しくなった。
 もともと部外者ではあったんだろうけど、ここまでの疎外感は感じなかった。
 一つになろうとしているクラス。その一員になりきれない自分という存在。
「みそっかす万歳! カトンボ万歳!!」
「こらこら、壊れるんじゃない」
「もう、やってく自信がありません!!」
 春香に言ってもしょうがないのはわかってるが、誰かに言わねば始まらない。
「ん? あぁ、アンタは大丈夫」
「何を根拠に!?」
「ん〜、磨けば光ると思うんだよねぇ……、たぶん」
(たぶん!? たぶんって言った!!)
 何の根拠にもならないよ! まるっきり勘で言ってるよ、この人!!
 だいたい磨けば光るって、どこをどう磨くつもりなのよ?
「ま、心配しなさんな。まずは気配察知を身に付けてからよ」
「まず? 他にも何かやるつもり!?」
「そんな構えなくてもええやん」
 構えるわい。地獄の特訓ロードを突っ走るような学校生活だけは勘弁してほしい。

「お、そろそろ終わりそうだな」
「……あ、本当だ」
 春香とおしゃべりしている間に乱闘の参戦者は大幅に減っていた。
「さて、と……ずらかるか」
「え゛!?」
 春香はいきなり荷物を手早くまとめて逃げる準備を整えていく。
「解散とか締めの一言とかいっさい無し?」
「そろそろ時間的にも限界だからね」

「総員、可及的速やかに撤収ッ!! 逃げ遅れんなよ!!」
「ほらね」
 ……警察が来るまでの時間を熟知してる。かなりの常習犯だ。
 いきなりの藤木君の号令に対して、半数近くが撤収を始めている。
「…………」
「大丈夫、じきに慣れる」
「慣れたないわっ!」


 後日、最後まで現場に残っていた藤木君からこんなことを聞いた。
 あの後、撤収作業はものの5分で終わり、20分後には全員が公園を脱出したらしい。
 もちろんこの出来事は翌朝の新聞にしっかりと掲載されていた。
「また派手にやったものだな……」
「な、なんのことやらわかりませんな」
 兄貴相手にすっとぼけたところでバレバレなのはわかっている。
 あんなことをしでかすような輩は、この市内じゃうちの特殊クラスくらいだ。
「デビュー戦をやってみてどうだ?」
「してないっ! デビューなんてしてないから!!」
 私はバイオレンスな高校生活なんて望んでない。
 ただ、望む望まぬにかかわらずバイオレンスな生活になりそうな気はしていた……。



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