次の話に進む→

←前の話に戻る

目次に戻る



第9話 ど、どうすんの!?

 和やかな歓談が続いていたが、日が沈んでしばらくした頃、周囲の様子が変わった。
「どうしたの?」
「ん〜、花見客の団体が増えてきたねぇ」
 私達以外にも花見に来る人達が集まってきていて、各々宴会に突入している。
 ノンアルコールである私達に対し、周囲はアルコールが入ってる人がほとんどだ。
「土曜日だもん。しょうがないよ」
「そうだよねぇ……、しょうがないよねぇ」
 どこか含みのある言い方だ。しかし、何か裏の意味なんてあるのかな?
 まぁ、井上さん…、もとい春香の考えてることなんてわかりゃしない。
 いきなり「殴り込んで黙らせよう」と言いだしても彼女なら不思議な話じゃない。

「殴り込んで黙らせてやろうか……」
「思ったそばから不穏な予想を的中させるんじゃないっ!!」
「いや、冗談。冗談だってば」
 冗談みたいなことを本気でやったりするから冗談が冗談に聞こえないよ……。

 それにしても、もう八時間近くここにいるけど誰も帰らないのかな?
 宴会にしても異常な程の長さ。ほぼ一日花見に費やしている。
 食べ物の補充は各自で行い、私も何度かふもとのコンビニにパシっていた。
 ここまできて誰もバックレないってのも、ある意味恐ろしい。
「大量の泡出し麦茶達と共に田村直人、見参!!」
 この時間から参戦する強者がいることに驚きながら、出席をつける。
 しかし、泡出し麦茶とは要するにビールのことだろう。
 誰も咎めたりしないし、むしろ歓迎されているこのムード。
 高校生の集団が飲む気満々なのは如何なものか……。
「もし、警察が来たらどうするの?」
「私達は湊大の三年生。何の問題もありません」
 春香はさも当然と言わんばかりに自信満々でそう言った。
 もし、免許見せろとか言われたらどうすんだろ……。

「いざとなりゃ一、二の、散で逃げりゃいい」
「いつものパターンですな」
 藤木君と高槻君も特に気にしていなかった。
 私だって飲酒の経験くらいはあるが、ここまでおおっぴらにはできない。
 逃げるところまでがワンセットになっていることから彼等の常習性が窺える。
「なんだか凄いね」
「そう言ってる如月だってそのうち何かやらかすかもしれねぇぞ?」
「あはは、ないない。私、どこにでもいる普通の女子高生だもん」
 高槻君が何を思ってそう言ったのかは知らないが、余裕で期待を裏切る自信がある。
 だいたい私に何ができるってんのよ。
 このクラスはそれぞれ何かに恵まれてる人の集まりかもしれないが私は違う。
 肉親がそうだっただけで私自身には何の素養もない。

「如月さん、俺達みんなに才能があるなんて思ってんなら間違ってるぜ?」
 藤木君がいきなり真剣な表情で言ってきたもんだからドキッとしてしまった。
「俺だって喧嘩とか格闘技の才能なんかないけど、努力して上を目指してる」
「どういうこと?」
「如月さんもその気になれば、何かできるようになれるってことだよ」
 私にできることか……。この人達のように自信を持って特技と言える何か。
 もし、何かができるとして、私自身は何をしたいのかな?

「周りの反応気にしてやりたいこともできないなんてなんか違うだろ、人として」
「そうは思うけど……」
 そう簡単に無視できるもんじゃないよ、世間の反応って。
 私なんかクラス分けの掲示板一つでこれまで培ってきた友人関係を粉砕された。
 たったそれだけ、B組に入ると決まっただけで、だ。
 ショックだったよ。誰か一人くらいはそばにいてくれる、そう思っていたのに……。

「なんかそれって、見えない鎖に縛られてるみたいだ……」
「藤木君……」
 見えない鎖だもん。藤木君の言うとおり、ルールって鎖なんだよ。
 でも、鎖があるから私みたいな人間もこうして生きてられる。
 私にとっては鎖でも、藤木君にとってはロープやビニール紐のようなものだろう。
 いつでも切って走りだせるし、切った後の行動にも自分で責任を負える。
 それが彼等の自由ってやつだ。私にある枷を一つ取り払った自由。


「喧嘩だぁーーッ!!」
 藤木君の話について考えていた私の耳に、かなり近い位置からの大声が飛び込んできた。
「喧嘩!?」
「……これ、身内じゃね?」
「多分な」
 嬉々として立ち上がる春香と冷静に状況を予測しあっている高槻君と藤木君。

「ど、どうすんの!?」
「だとよ。どうする、雄二?」
「あんなこと言った手前、行かねぇわけにもいかねぇだろ」
 颯爽と立ち上がる三人。やはりと言うべきか、参戦する気満々だ。

「ダジャレ? ねぇ、行かねぇわけにもいかねぇってダジャレ?」
「うるせぇな! スルーしろよ!! 俺だって言った後で気付いたんだっ!!」

(こいつら、まったく緊張感ねぇわ……)
 なんだこの会話は。ふざけてるとしか思えない。
 まるで遊びにでも行くような感覚で喧嘩に加わろうとしているじゃないか。
(人を殴りに行こうってときに、なんでそうやって笑ってられるの!?)

「奈緒」
「なによ?」
「なんだかよくわかんないけど、これだけは言える」


「納得できないもんを無理して納得すんのは楽しくない」


 いや、そりゃそうでしょ。そんな当たり前のこと言われなくてもわかってる。
 私はできないんじゃない。やってはいけないからやらないだけ。
 人を殴ってはいけない。人の迷惑になるようなことをしてはいけない。
 いけない。いけない。いけない。世の中そんなことばかりだ。
 どうしていけないのかわからないまま、ただルールだからと自分を抑えてる。
 春香達を見ていると、自分が如何に雁字搦めの状態なのかを思い知らされる。

「見てな。自由ってやつを教えたげる」
 静かにゆっくりと落ち着いた様子で喧嘩の繰り広げられている場所へ向かう三人。
 そこに恐怖じみたものは微塵も感じられない。
 なんだか嫌な気分だ。私だけがこの場にふさわしくないような気がする。

「ちょっといいかな?」
「え?」
 一人になった途端に誰かが私に話しかけてきた。
 可愛い子だ。結城さんや春香も美人と言えるが、彼女も決して引けを取らない。
「えっと、どちらさん?」
「あ、私は斉藤有香。よろしくね」
「はぁ…、如月奈緒です。よろしく」
 彼女の目的がいまいち掴めない。なんだって私なんかに話しかけてくるんだろう?
 周りにはたくさんのお仲間がいるってのに、あえて私を選ぶ理由がわからない。
「凄いね、如月さんって」
「へ? なんで?」
「みんな距離置いてるのに平気であの二人に話しかけてるから」
 ……そうかい、あんたら意識的に距離置いてたんかい。
 つまり、私がそんなことにも気付かずにいたから春香は話しかけてきたってこと?
「色眼鏡で見てるからでしょ。そこまで悪人ってわけじゃないわよ、連中」
 そんな猛獣を相手にするように戦々恐々と接する必要はどこにもないのだ。
「うん、知ってる」
 てっきり「へぇ〜」とか言われるもんだと思ってたのに意外な答えが返ってきた。
「じゃあ、普通に話しかければいいじゃない」
 ちらりと春香達の方を見ると大乱闘に発展していたので、見なかったことにした。
 ってか、なんで両陣営の参戦人数が増えてるのよ……。
「そうなんだけど……、ちょっと勇気が出なくて」
「それならアレに参加すれば? 話すきっかけになるかもよ?」
 そう言って、親指で大乱闘をやっている集団を指差してみる。
 あの狂乱の宴に参加するくらいなら私は沈黙を選ぶ。
「あ、そうだね! きっかけにはなるよね!」
「は?」

「ありがとう! ちょっと行ってくるね」
 めちゃくちゃ嬉しそうに大乱闘の中に駆け込んでいく斉藤さん。
 さらに不思議なことに、何度か攻撃されてるものの一切当たっていない。
 まるで戦場の中をすり抜けるようにまっすぐ春香達に向かって走ってゆく。
「……嘘ぉ」
 遠目からその様子を見て思わず呟いていた。
 このクラスは誰もが見た目とは大きく違う一面を持っているらしい。
「やっぱ一筋縄ではいかないなぁ」
 私はこれからどんな一面を見せていくことになるんだろう。
 自分が変わっていく姿を想像して、軽く憂鬱な気分になった。



次の話に進む→

←前の話に戻る

目次に戻る

inserted by FC2 system