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第8話 もう、アンタ可愛すぎ!

 静かな空気など長持ちしないのがこのクラスの雰囲気である。
 パラパラと会話が始まりだすと、一気に盛り上がりを取り戻していく。
 さて、一方でその静かな空気を作り出した張本人はと言うと……

「雄二、お前なんだってあんな臭いこと……」
「頼むから今は意見も、質問も、話題に挙げるすら止めてくれ〜ッ!!」
 ものすごく後悔しているようです。なら言わなきゃよかったじゃん。
 まぁ、それをやっちゃったからこその後悔なんだろうけど……。

 私は頭を抱えている藤木君を高槻君と一緒に眺めていた。
 なんでこのグループに加わったかというと……、他に行くとこ無いからです。
 知り合い少ないんだもん。しょうがないじゃん。

 それに藤木君のこともちょっと気になってる。
 変な人……。だけど今まで会った人にはないものを藤木君は持ってる。
 さっきの演説だって、このクラスなら野次や反論が飛んできてもおかしくない。
 なのにみんな聞き入れてる。しかもたぶん肯定的な意味で……。

「で、でも、みんな静かに聞いてくれてたよ?」
「聞きたくない。そんなフォローは聞きたくない……」
 まさに聞く耳ナッシング状態の藤木君。もう何を言っても無駄かもしれない。
 そんな様子を見ていた私の肩を誰かがポンポンと叩く。
「放っといてやんな。しばらくすりゃ勝手に立ち直るさね」
「井上さんっ!!?」
 いつの間にか私の背後にいた井上さんに心底驚いた。

「あ〜、その反応どうにかなんない?」
「ごめんなさい……」
 彼女が背後にいることにまったく気付けなかった。
 なんというか、慣れるにはまだまだ時間がかかりそうだ。
「別に気配消してるわけでもないっしょ?」
「うぅ……、その気配とやらが私にはわかりませぬ」
「如月、そんくらいで泣いてたら、これから先、泣きっぱなしだぞ?」
 高槻君の追い討ちとも言える言葉が私をさらにへこませる。
 しかし、待ってほしい。私は今までごく普通の学校生活を過ごしてきたのだ。
 その私にさも当然と言わんばかりに気配とか言われても理解できるかっ!

「どうせ私にゃ泣きっぱなしの学校生活がお似合いなのよ……」
「ふむ、つまり気配察知を習得すれば、あんなに驚かないわけだね?」
 やべぇ…、なんかやべぇぜ! 知らんうちに地雷原スキップしてるくらいにッ!!
 嫌な予感がする。奴はとんでもないことを言いだそうとしているッ!!

「そんならあたしが教えちゃる」
(……やっぱり)
 もう予感というより確信に近かった。井上春香という人はそういう人なのだ。
 つまり、理解できないなら理解できるようになればいいじゃない、と。
 そりゃ、まぁ、ごもっともだが、スイッチ一つで習得できるわけでもあるまい。
「い、いやぁ、私は一般人でいるつもりだから……」
「あぁ!?」
「謹んでお受けします」
「弱っ」
 高槻君のツッコミが耳に痛い。しょうがないじゃん! だって怖いんだもん!!
 この状況でも断れる一般人がいるんなら今すぐここに連れてきてよ!!

「よしよし、若いときの苦労は土下座してでもしろって言うからね」
 誰だ、そのプライドゼロの修行僧は……。
 存在するなら是非ともその御尊顔を拝んでみたいものだ。
「んじゃ、さっそく……始めようか」
 井上さんがそう言うと、ザザッと何かが動く音がして、辺りが一瞬で静まり返る。
 周囲を見渡すと、クラスメイト達の大半が一斉にこちらに向かって身構えていた。
「これがアンタの現状さね。あたしの殺気にもまったく反応できてない」
「ふぇ?」
「気配をある程度察知できるようになると、自然とああなるわけよ」
 どうやら井上さんは何かをやったらしい。私にわかるのはその程度だった。
 しかし、私以外の全員というわけでもないらしく、中には反応できてない人もいた。
「春香!! お前、俺に向かって全力で殺気飛ばしやがったな!?」
「とまぁ、こんな感じで誰から殺気が放たれたのかもわかるようになる」
「はぁ」
 それより藤木君がかなりご立腹なんですけど、それは無視でしょうか?
 淡々と説明を続ける井上さんにどう反応したらよいのかわからなかった。
「まぁ、できなくても死にゃしないけど、できないよりはできた方がいいね」
「…………」
 そんならわざわざ習得する必要ないじゃん。
 思わずツッコミを入れそうになるのをグッと堪えた。

「とりあえず、練習は後日ってことで…、携帯の番号教えてくれる?」
「あ、うん」
 言われるままに赤外線送信の準備を整えて携帯を井上さんに向けて構える。
 しかし、井上さんからは一向に送信指示が来ない。携帯をピコピコと弄っているだけだ。
「雄二〜、赤外線通信ができない〜」
「慣れない機能を使おうとするなよ…、ただでさえ機械音痴なんだから」
「機械音痴じゃない!! 録画予約はできるんだぞ!?」
「教えるのに丸一日かかったけどな……」
 機械音痴だ……。重度ではないにしても、十分な機械音痴っぷりだ。
 あまりデジタル機器には強くないようだ。なかなか新鮮で可愛いらしい。
「で? 如月さんとやればいいのか?」
「任せた」
 井上さんの携帯を受け取った藤木君があっという間に準備を整える。
「んじゃ、送ってくれ」
「うん」
 送信を開始。無事に受け取れたようで、携帯を操作している。
「次、送るから受信の準備してくれ」
「……、OK。送って」
 井上さんのメールアドレスと電話番号が送られてくる。
(待てよ? これってまずいんじゃ……)
 連絡先を握られたってことは、逃げられなくなったことに等しい。
 冷静に考えて、私が彼女の呼び出しを断れるとも思えない。

「如月さん?」
「え? 何?」
「俺の番号も送るからもう一回受信してくれ」
「え? なんで?」
 藤木君までアドレスを送ってくる理由がわからなかった。
「受け取るだけでいい。困ったことがあったら連絡してくれ。力になるから」
 大演説を実現させるための第一歩といったところか……。
 そういうことなら喜んで協力しよう。電話をかける事態にならないのが一番だけど。
「気をつけな。そうやって番号をゲットしようとするのが雄二の常套手段なんだ」
「違う!! だいたい俺がいつそんな軟派な真似をした!?」
 送信ボタンを押す直前に井上さんがそんなことを言うもんだから手が止まった。
(そんなことする人じゃないってわかってて言うんだもんなぁ……)
 つまりは気軽にそういうことが言える相手ってことなんだろう。
「うん、気をつけとく」
「な……ッ!? 如月さんまで!」
 こんな感じでクラスの超危険人物達とふざけた会話ができるとは思わなかった。
 でも、この人達も私と同じ高校生なのだ。ふざけることもあれば、笑うこともある。
 周りから不良だと言われてはいるが、それだけのことだ。
「よし、記念すべき七人目だ」
「何が?」
「携帯のアドレス帳」
「少なっ!!」
 七人しか登録がないなんて今時の高校生にとってかなり希少な存在だ。
 たとえ、かけない相手を消してたとしても、一桁まで減らすのは難しい。

「まぁ、俺達ゃはみ出し者だからな」
「あんだけ危険視されりゃ、自然と付き合う奴も減るさ」
(そうなんだよなぁ……)
 この人達って不良を瞬殺するほどの戦闘力を持ってるんだよね。
 改めて思い直す。私はそんな人間を目の前にしているのだ。
 恐さは多少薄れたものの、そういう人達だってことは忘れちゃいけない。
「多けりゃいいってもんじゃないし、あたしゃ現状に満足してるよ」
 表情も声も明るかったにも拘わらず、私は彼女に何故か寂しさを感じていた。
「奈緒もいるしね」
「え……」
 いきなり下の名前で呼ばれたことに茫然としてしまった。
 なぜなら井上さんは今まで一度として私の名を口にしていなかったからだ。
 如月とも奈緒とも言わず、虎の妹やアンタなんて呼ばれていた。
 特に気にしてなかったので何も言わなかったが、急に変えられるとは完全に想定外だった。
「あたし達はもう友達(ダチ)だ。文句は受け付けない」
 そう言って携帯を突き出してくる。まるで「これが証拠だ」と言わんばかりの顔だ。
 かなり強制的なアドレス交換だったと思うが……、仕方のない人だ。
 もしかしたら私が友達が欲しいと言ったときからこうするつもりだったのかもしれない。
 強引で手順やらなにやらも全部めちゃくちゃだけど、気持ちはしっかり伝わった。
「井上さん」
「春香だ。春香でいい」
「じゃあ春香、一言だけ言わせてくれる?」
「なに? 文句なら受け付けないって言ったはずだぞ?」
 よし、怒られるかもしれないけど、勇気を出して言おう。
「もう、アンタ可愛すぎ!」


 速攻で拳骨をくらいました。タンコブになってなきゃいいんですが……。



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