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第7話 なんとかしてね、藤木君

 十時が近づくにつれ、ぞろぞろと人が集まってくる。
 しかし、皆の表情からは宴会をやろうという明るさは感じられず一様に暗い。
 なんていうか、もうここまできたら開き直って楽しんだ方がいいのに……。

 私なんかはもう怖がっているのがばかばかしくなってきた。
 破天荒な人達だが、決して悪い人ではないことを知ったからだろうか。
 友達として付き合う分には問題ないとすら思っていた。
「は〜い、受付はこっちだよ〜。出欠取ってることに意図が見え隠れしてるよ〜」
 出席簿を模したリストに次々と丸が書かれていく。
 それにしても、本当に出欠を取ることに意味があるんだろうか?
 井上春香による粛清リストに入らなきゃいいんだけど……。

「姫野柚子、出席ね」
「あ、いらっしゃい……て、持ってきたのそれだけ?」
 彼女が持ってきたのは飲食物ではなく救急箱。なんとも嫌な備えだった。
「うん、食べ物ならコレが持ってるから」
「コレって言うな。柳達也、出席だ」
 柳、柳っと。
 名簿から柳君の名前を探し、出欠欄に丸を書き込む。

「如月奈緒よ、よろしくね〜」
 初めて会話を交わす人には自己紹介を兼ねて挨拶するようにしていた。
「あぁ、あの虎の妹ってアンタか」
 こういう反応も初めてではない。ってかどんだけ有名なんだあの兄貴は……。
 ここにいる理由を話す手間が省けるのは助かるけど、私としては不満だらけだ。

「そ、役立たずの一般人なんでお手柔らかにね」
「俺も似たようなもんだよ」
 中にはこういう人もいるようで、私は同志を見つけたような気になっていた。
 噂は所詮噂に過ぎず、尾鰭背鰭が付きまくってた、なんて話なのかもしれない。

「じゃ、また後でね」
「うん」
 二、三言交わしてから受付に戻る。
 その際、会場を見ると、ブルーシートはだいぶ人で埋まっていた。
 まぁ、軽く脅迫入ってたから全員出席なんだろうけど……。

 むしろ、今日の花見を余裕で欠席できるような人がいるなら見てみたい。
「如月さん、何人集まった?」
「あ、藤木君」
 時計を見ると十時五分前。名簿の方はほとんど丸が書かれている。
「あと四人ほど来てないみたい」
「四人か……、春香と結城さんもまだだな。あと二人は誰だ?」
「ん〜と、田村直人君と織塚雪乃さん」
 リストから名前を読み上げるが、顔すら思い浮かばない。
 まだ来ていないだけなのか欠席するつもりなのか。どちらにせよいい度胸してるよ。
「よし、時間も時間だし、始めるか」
「え、井上さん待たなくていいの?」
「いいんだ。アイツが時間通りに来るとは思ってないから」
 本当の主催者である井上さんの欠席。それを当然のように受け止める藤木君。
 二人の間には見えない絆のようなものがあるんだろうな、きっと。
 言わなくてもお互いに気持ちが伝わっている。
 そういう存在がいるのは、正直羨ましいと思う。

「始める前にちょっと聞いてくれ!」
 藤木君が全員に向かって声をかけたことで注目が集まる。
「たぶん、この中には望まずこのクラスに入った奴もいるだろうし、
人に言えないような特技を持つ奴だっているよな?」
 そんなことは今更言うまでもない。前者については私が証人になってもいい。
 特技を自慢するような人がいないことから後者の存在も少なからずいるだろう。
「でも、受け入れられない個性を持ってるみんなのこと、俺はすげぇって思ってる。
個性がすぐ均されちまうこの世の中にも負けずに個性を持ち続けてる。
それは誇っていいんじゃねぇか? たとえそれが世間の意に反していてもさ」

 その言葉に反論どころか共感を抱いてしまった。
 聞く人が聞けば、彼の言い分は特殊クラスの保身に聞こえただろう。
 それでも私は皆が持つ個性を羨ましいとすら思っていた。
 それはきっと自分らしく自由に生きていることの証明だから……。

「これから先、俺達は周りのクラスから嫌われていくことになるかもしれない。
時には執拗な迫害にあうこともあるかもしれない……。
でもさ、悲観的になることなんてねぇだろ? 共に歩む者がこんなにもいるんだからさ!!」
 周りを見渡しながら語る藤木君は、全員が仲間であると信じて疑ってないようだ。
 しかし、クラスメイトと仲間は決してイコールじゃない。
 そんなふうに考えられるほど人ってやつは簡単じゃないのだ。
 それを知ってか知らずか、彼の演説は止まることなく続く。
「少なくとも、俺は絶対に見捨てない。同じ境遇の仲間を決して見捨てたりしない。
だからさ、何かあったら耐えたりしないで助けを求めてくれ」
(本気だ……)
 藤木君は本気で誰も見捨てないつもりだ。表情がそう言っている。
 きっと彼は助けを求めてきたクラスメイトに全力で力を貸すだろう。
 同じ境遇の仲間を決して見捨てない。
 私だって見捨てないよ……。クラスが一つになったなら私も絶対に見捨てない。
 藤木君の言うように仲間になれるのなら、どんなに楽しいことだろう。
「甘ったれた仲間ごっこだと思ってくれても構わねぇよ。
でも俺は……みんなで笑って過ごして、笑ってみんなで卒業したいんだ!!」
 私達にとって来年のクラス替えなんて無いに等しい。
 このまま卒業まで毎日のようにこのメンツと顔を合わせることになるのだ。
「長々と悪かったな。今日は存分に楽しんでくれ」

 どうせなら私だって笑って過ごしたい。みんなだってそう思うよね?
 この懇親会はクラスを一つにするために開かれたはずだ。
(私のあの発言はきっかけに過ぎなかったのかな……)
 藤木君達は最初からこんな場所を用意するつもりだったんじゃないだろうか。
 ふと、そんな疑問が湧き上がってくる。

「如月さん」
 呼ばれてることに気づいて、声のした方を見ると、藤木君がコップを差し出していた。
「オレンジジュースでよかったか?」
「あ、うん」
 かなり恥ずかしい演説をした藤木君は平然と懇親会を始めようとしていた。
 だが、私やクラスのみんなは彼の言葉の意味を考えていて懇親会どころじゃない。

「ねぇ、藤木君」
「ん?」
「できると思う? クラスを一つに」
「やってみせる。孤立しちゃうような奴は出したくないんだ」
 できるかもしれない、と藤木君を見ていて思った。
 独特の経歴を持つ者達も、彼ならば一つに纏められるかもしれない。
「飲み物は行き渡ったかぁ!? 紙コップで味気ねぇけど乾杯やろうぜ!」

 私はわりと楽しく学校生活を送ることができるかもしれない。
(なんとかしてね、藤木君)
 何かに怯えたりしないで、去年と同じように笑って過ごせるといいな……。
「それじゃ、みんなの特殊クラス入りと、これからの共に過ごす仲間に……乾杯っ!!」
「「「乾杯っ!!!」」」
 今この場にいる全員が紙コップを掲げてこれからの学校生活の発展を願った。




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