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第6話 変な人

 決まってしまうと本当に早いもので、待ってもいないのに土曜日はやってきた。
 いよいよクラス結成記念、狂乱の宴が始まってしまうのだ。
 今日あたり桜の木の下に死体が埋められることになるかもしれない。

「兄貴〜、なんか私でも使える武器無い? できれば暗器的なやつ」
「無いことはないが……、そんなものを用意してどこへ行くつもりだ?」
「花見。クラスメイトと」
 そんなことを言えば、当然聞かれるだろうと思っていた。
 特に回答を躊躇うような理由もないので素直に答える。

「それなら武器は必要ない。何があっても井上や藤木が守るだろうからな」
「ほんまかいな?」
「近いうちにわかる」
 よくわからないが、兄貴はあの二人について私よりも詳しいようだ。
 去年から二人との接点があったりするのだろうか?
 互いに学校を代表する不良生徒だ。一度や二度やりあっててもおかしくない。
「喧嘩でもしたことあんの?」
「いや、無い。何度か話したことがあるだけだ」

 ダメじゃん。私とそう変わらない知人の保障などあてにならない。
「ただ、井上はわからないにしても、藤木は少し話せばどういう男かわかる」
「…ふぅん」
 十数人ボコったりしてることを知ってる私には怖そうに見えるけどなぁ。
 でも、イベントの発起人に仕立て上げられたときは何もされなかった。
 もしかしたら、みんなが思ってるほど悪い人じゃないのかもしれない……。
(よしっ、確かめてみよう!!)
 せっかくの懇親会、無理なく話しかけるなら今日しかない。

 只今の時刻は七時少し前。緊張して眠れなかったこともあり、五時起きだった。
 準備は既にできていて、あとは出発するだけ。
 今から出れば八時には着くだろう。二時間前の到着なら遅刻だけは有り得ない。
(さらに準備を手伝うことで協調性をアピール! 私の存在を全員に認識させる!)
 うん、周到な計画だ。来週からの学校生活に光が見えてきた気がする。

 念のため、食料と飲み物はコンビニで買い込むことにした。
 そりゃ作れないこともないけど、自信持って人に提供できないもん。
 なんたって特殊クラス。たぶんそっちの分野のスペシャリストもいるだろう。
 自分の身の程はわきまえておかないと泣く羽目になる。

 バスに揺られながら流れてゆく景色をボーッと眺めながら考える。
(生きて帰れるのかなぁ……)
 自分でも呆れるくらいのネガティブ思考だとは思うが、そこは察してください。
 睡眠不足もあってテンションの浮き沈みがおかしくなってるのです。
「自覚できてるだけマシ、か……」
 周りに人がいないことを確認し、誰にも聞かれないようにボソッと呟く。
 バスはいつの間にか高津山公園前の一つ手前まで進んでいた……。



 二時間前。たとえこれがデートだったとしても早すぎる時間だ。
 高津山公園の敷地は広く、花見ができそうな広場も敷地内に点在している。
「そういえば……、場所わかんないじゃん」
 花見なのだから桜の近くではあるんだろうけど……。
 それ以前に、こんな早い時間に誰か来ているんだろうか?
 主催者である藤木君、井上さんの二人すら来ていない可能性もある。
「はぁ……空回ってるな、私」
 なんだか自分のしていることがすごくばかばかしいことのように思えてきた。
 とりあえず一通り見て回って誰もいなかったら散歩でもしていよう。

 低い位置にある広場から順に二人がいないかを確かめていく。
 しかし、二人の姿どころか人の姿すらめったに見られないほど閑散としている。
 休日だというのに、この状態は公園としていかがなものだろう。
 そんなことを思いながら、もっとも高い位置にある最後の広場に着いたときだった。
「……え?」
 誰もいないだろうと諦めかけていたところにそれはあった。
 立派な桜の木の下に広げられたブルーシート……と、その中央にある妙な塊。

 駆け寄ってみると、妙な塊が寝袋であること、そしてその中に人がいることがわかる。
(私以上に空回ってる人いたーッ!!?)
 藤木君だ。寝袋持参とは、いったい何時からこの場所にいるのか……。
「そこまでやる?」
 どうやら本当に熟睡しているらしい。寝顔を覗き込んでも反応がない。

 そういえば、井上さんは寝てる状態でも藤木君の攻撃をかわしてたっけ。
 やっぱ藤木君もあんな達人みたいなことできたりするのかな?
「…………」

知りたけりゃ、試してみよう、ホトトギス

「ってことで……」
 思えば、グーで人に殴りかかるのなんて子供のとき以来かもしれない。
 暴力はいけないこと、社会が許さないことだと知ったからだ。
 社会とは人の目だ。多数派の人達、いわゆる世間ってやつの目。
 でも、この人やクラスの人達はそれを気にしない。
 何かに捉われたりしない本当の自由を感じる。

「てぇいッ!!!」

ガスッ

 なんと見事に顔面クリーンヒット……。
「……嘘でしょ?」
 どうしよう……普通に当たってしまった。
 予想外の展開に固まってしまった。

「…ってぇ、どこのバカだ、いきなり顔面パンチくれやがった奴は……」
「あ……ご、ごめん」
「如月さん……がやったのか?」
 信じられない、といった顔で不思議そうに私の顔を見る。
 そりゃ藤木君もまさか私に殴られて起こされるなんて思わなかっただろう。

「いや、いつも兄貴起こしてるときの癖で、つい……」
(スマン、兄貴。これしかとっさに思いつかなかったわ)
 兄貴はスポーツ馬鹿ということもあって、早朝ランニングをやるほど早起きだ。
 当然、私が兄貴を起こしたことなんか一度としてない。

「あの人、いつもこんな起こされ方してんのかよ……」
「あ、あはは……」
 もう笑うしかない。そのまま誤魔化せることを祈ろう。
 そして、藤木君の口振りからすると、やはり兄貴のことを知ってるらしい。

「まぁ、いいけどさ。その癖だけは直した方がいいぞ?」
 よかった。どうやらそんなに怒っていないようだ。
「でも、この前、井上さんは藤木君の攻撃避けてたじゃん。藤木君はできないの?」
「俺は寝ながら気配探知できるほど器用じゃないんだよ」
 私は起きる寝る以前にその気配探知とやらができない。
 クラスメイトの中にもたくさんできる人はいるんだろうか?
「井上さんは寝ながらでもできるんだ?」
「布団で眠ってなけりゃな。そういう意味じゃ布団がアイツの唯一の弱点かもな」
 そう言って笑う。確かに湊大付属の怪獣の弱点が布団とはおかしな話だ。

「って、まだ一時間近く時間あるじゃねぇか。来るの早すぎねえか?」
「一応、発案者でもあるから準備を手伝おうと思ったんだけどね」
 まさか準備万端で場所取りまでやってるなんて想像すらできなかったわよ。
 たぶん藤木君は夜中、早ければ前日からこの場所に一人でいたんだろう。
 なんで? みんなのためって言えるほど私達のクラスは仲良くないでしょ?
「んなこと気にしなくてよかったのに。どうせ言いだしたのは春香だろ?」
(知ってたんだ……)
 彼は私が提案に一切関わってないことを承知で引き受けていたのだ。

「……変な人」
「え?」
「ううん、なんでもない」
 私が怖いと思ってた不良の少年は、意外なほどの優しさを持った変な人だった……。


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