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第5話 もう好きにして……

 放課後に何が始まるのか考えていた。当然、授業の内容など右から左だ。
 そんな授業中に後ろからこっそりとメモが回ってきた。
 先生に見つからないようにメモに目を通して唖然とした。

放課後、教室に残ること。
一歩でも教室を出た者はコロス♪
          春ちゃん


(いやいやいやいや、春ちゃんて!!)
 可愛さなんて内容で木っ端微塵に吹き飛んでるのに春ちゃんは無いでしょ!!
 この見事なまでのミスマッチは、もはや狙ってやっているとしか思えなかった。

 だいたい友達もいない私にメモが回ってくるなんておかしいと思ったんだ。
 んで、何かと思って見てみれば、内容はツッコミどころ満載の命令書。
(あの人は私の神経ぶち切るつもりか?)
 引き金を引いた私が言うのもなんだが、もっとやり方を考えたらどうだろう。

 まぁ、これが回ればチャレンジャーでもいない限り、全員残るだろう。
 もしかしたら、このクラスの覇権は既に彼女の手にあるのかもしれない。
(乱世……来ないかも)
 井上さんと藤木君がいる勢力なら、他の勢力が現れても瞬殺できそうだった。
 期を窺っているのか、このクラスには彼女等に抗おうとする者はいなかった。

 そういう意味ではわりと平和なのかもしれないが、現状が既に平和とはほど遠い。

(とりあえず、私のところで止めたらマズいわよね)
 先生が板書をしている隙を狙って小さく折りたたんだメモを親指で弾き飛ばす。
 メモは予測通りの軌道を描いて、前の席の机で止まった。

 強すぎず弱すぎずの微妙な力加減が必要だったが、なんとか上手くいったようだ。
 振り向いた女子にメモを見てから前へ回すようにジェスチャーで指示する。
 これで一応、私の仕事は終わった。あとは放課後を待つばかりか……。
 私にできることは無事に事が終わるように祈ることだけだった。


「起立、礼」
 珍しいことに朝以降何事もなくホームルームが終わる。
 まるでこれから起こる出来事を待ち構えるかのように……。

 放課後となったというのに誰も動きださないというのも珍しい。
 先生が教室を出て行っても、授業中のような静けさを保っていた。
「感心、感心。ちゃんと残っててくれたみたいだねぇ」
 半ば強制的に残らせた人の言うことじゃないと思う。
「Hey、知ッテルカイ? アレハ脅迫ッテイウラシイゼ?」
「Oh!! ソレハ初メテ知ッタヨ!!」

「「 HAHAHA!! 」」

「「「 ………… 」」」

(ついていけねぇ!!)
 もう事情を知っている私ですらあの二人についていけなかった。
「雄二、小粋なジョークで会場があったまんない」
「いや、やっておいてなんだけど、さすがに無理があるだろ……」
 そう思ったんなら何故やる前に止めないっ!? おかげで教室は氷漬けだ。

「はぁ…。アンタ達、今度はいったい何しようってのよ?」
 教室の右端から溜め息混じりで問い掛ける女子が一人。
(あれは…、結城さやか?)
 また大物が出てきた。湊大付属の怪獣に次ぐほどのビッグネーム。
 結城さやかの名は知らなくても魔女という二つ名は知っている。
 そんな生徒も少なくないはずだ。それほどに魔女の名は有名だった。
「まぁ、ぶっちゃけると懇親会を兼ねた花見だ。今週の土曜日」
「一応、自由参加だけど、出といた方が後々のためになると思うよん♪」
 それは強制参加だと言っているに等しいと思うのは私だけだろうか?
 でも、井上さんの言うこともわかる。
 ただでさえ敵の多い特殊クラス、内部にまで敵がいては心を休める場所がない。

 外は敵だらけ、中でも孤立状態。そんな学校生活が長続きするわけがない。
 おそらく近いうちに破綻するだろう。ここでの破綻は転校を意味する。

 それも一つの手かもしれないが、転校するともれなく受験戦争がついてくる。
 勉強で戦争をやるか一芸で戦争をやるかの違いだ。どっちも激戦には違いない。

「あ、食べるもんは各自で用意すること。手ぶらで来ても何も出ねぇからな」
「雄二、それで何時に何処に集合なんだよ?」
 さすがに友人である高槻君はたいして驚いていない。
 こんな突拍子もないことすらも想定の範囲内なのだろう。
(なんて嫌な想定の範囲なんだ……)
 広すぎだよっ! こんな想定の範囲、何が来ても怖くないレベルだよ!!
「十時に高津山公園(こうづやまこうえん)。定番だろ?」
「まぁな」
 高津山公園、その名が示すように山の上にある湊市でも有数の桜の名所だ。
 ただ、軽いハイキングくらいには登るのでなるべく身軽にして行きたいところだ。

「ま、仲良くやってこうと思う奴は気軽に参加してくれ。以上、解散」
 本当に言いたいことを言って、そのままお開きとなった。
 クラスの反応はというと、とっとと帰る者、雑談に興じる者と様々だ。

「上手くいくといいな」
「え……あ、うん」
 藤木君がわざわざ私の席までやって来てそんなことを言う。
 まるで私が企画したかのような言い方で、心の中がもやっとする。
「アンタ、何企んでるのよ?」
「結城さんか…、別に何も企んでねぇよ」
 結城さんはこの企画がただの懇親会じゃないと疑っているようだ。
「企むなんて人聞きの悪いこと言う魔女だねぇ」
「雄二のこった。純粋に懇親会なんだろ?」

 結城さんに続いて、井上さん、高槻君と私の周囲にぞろぞろと集まってくる。
 まぁ、正確に言うと私の近くにいる藤木君に、だが……。
(どっちにしても、いい迷惑だぁぁぁぁっっ!!)

 ここで「あ、私、塾の時間だから」と立ち上がっても無駄だろうなぁ。
 退路は塞がれてるし、もう話し込む態勢に入ってるし。
 そして、こんな有名どころが一箇所に集まって、注目されないわけがない。
(うっわぁ〜、見られてる。めっさ見られてますよ〜!!?)

 もしかして、私は知らぬ間に井上春香の一味に加わってしまったのでは?
「あ、なんかパーティーグッズでも持ってった方がいいか?」
「もう好きにして……」
 私の気持ちなど知る由もない藤木君は暢気なことこの上ない。

 今日は帰ったら泣くことにしよう。私にはもう何もできない。
 誰にも悟られることなく、静かにさめざめと枕を濡らそう。
 井上春香とその仲間達の会話を聞きながら、密かに決心する私だった……。



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