あの騒動は特殊クラスに入れなかった者達の報復活動らしいと高槻君に聞かされた。 そりゃいい。入りたい人がいるなら是非とも換わってもらいたい。 誰かが騒ぐほど入りたがるようなクラスでもないと思うんだけどなぁ……。 教室の中、一人であれやこれやと考えていると一人の女子が近寄ってくる。 「怪我はない?」 「へ?」 キョロキョロと周囲を見回しても、この場には私とその子しかいなかった。 「私?」 「そうよ。朝のB組狩りに巻き込まれなかった?」 「それは……大丈夫だけど」 巻き込まれることもなかっただけに、特に怪我らしい怪我もしていなかった。 「よかった。私、姫野柚子。これから怪我したら私に言ってね」 そう言って姫野さんは片手に持つ救急箱を軽く掲げて見せた。 できれば彼女の世話になるような事態には陥りたくないものだ。 しかし、いつまで保つか……。近いうちに治療を受けることになる気がした。 「如月奈緒よ。近々世話になっちゃうかもしれません……」 「どうしたの? 地獄の淵に立たされたような顔しちゃって」 「実際、地獄の淵に立たされてるんだもん。姫野さんはなんでこんなことを?」 おそらく彼女もこの武力闘争の日々を生き延びる力を持っていない。 それでも救急箱を片手に被害者の救済に乗り出すのだからそれは凄いことだ。 「私、医者の娘なの。だからってわけじゃないんだけど……。 なんだかこれがこのクラスでの私の役目なんじゃないかって思って」 (ナイチンゲール現る! うわぁ、すっごいなぁ) それにこの人……わずか数日で自分の立ち位置をしっかり見定めてる。 それに比べて私はなんだ? 何もせずにどう逃げるか考えるだけじゃないか。 「なるほど、役目か」 「貴女もあるんでしょ? このクラスに入れられるような特技」 特技ねぇ……散々好き勝手やってる愚兄ならおりますが? それを知られると色々と不利なことになるので、知らない者には黙っておく。 私自身には何の特技もない。兄貴の妹だからという理由だけで選ばれたんだ。 「特技ってことは、姫野さんは医術?」 「うん、簡単なオペくらいならできるよ」 オペって手術だよね? ってか手術以外にオペなんて言葉使わないし。 確かオペって免許がないとやっちゃいけないんじゃなかったっけ? (ナイチンゲール改めブラックジャック先生現る!) こんな優しい子ですら一筋縄ではいかない特殊クラスの現実に打ちのめされそうだ。 居場所が無いよ……。こんなとこ、明らかに場違いだよ……。 「やっぱり凄い人の集まりだねぇ。一般人はいないのかな?」 「意図的に集められてるからいたとしても少ないんじゃない?」 おお、私このクラスじゃ希少価値だよ。まったく嬉しくねぇ!! 「まぁ、いろいろあると思うけど、お互い頑張りましょ」 「うん」 本当にいろいろあるだろうけど、生き延びてみせる。 逆境に負けないくらいの根性で、二年間を乗り切ってやる。 姫野さんに手を振りながら思う。このクラスだって悪い人ばかりじゃないんだ。 「ちょいちょい」 「ん?」 肩をトントン突っつかれて、振り向くとそこにはラスボスが笑顔で立っていた。 「チャオ♪」 「……ひっ……ッ!!」 「初対面でその反応は無いっしょ」 ムッとした表情でむくれる姿はとても怪獣とは思えない普通の女子だった。 (確かにさっきどんな逆境も乗り切ると決意はしましたよ。 でもいきなりこれはハードル高すぎるんじゃないですかねぇ!!?) 「い……井上さん、何かワタクシに御用でしょうか」 「そんな警戒しなくても何もしやしないわよ。それに敬語じゃなくてもいいし」 何もしない。その一言に心から救われたように感じる。 「あの虎の妹なんでしょ? 災難だったね、兄貴のせいでこんなクラスに入れられて」 もちろん虎とは兄貴のことだ。名を如月大河という。タイガーだから虎。 兄貴にそんな二つ名があることは去年から知っていた。 「わかってくれますか!?」 「おわっ!!」 「あのアホがこっちの事情なんてお構いなしに暴れるからこんなことになったのよ!! おかげでこのクラスに入れられるわ、友達から縁切りくらうわでっ!!!」 理由を知っている人が話しかけてくれたこともあって、心中をぶっちゃけまくった。 それこそ今話している相手が誰であるかも忘れて……。 「溜まってるねぇ」 「……あ゛」 ラスボス相手に散々愚痴りまくっていたが、その一言我に返った。 「ご、ごめんなさい。命だけは、命だけはぁ!!」 「命取らなきゃ何してもええんかい……」 そんな普段ならなんてことないツッコミも畏怖の対象となってしまう。 「ひぃっ……」 「ああ、もう! そんなビクビクすんなっ!!」 「……何もしない?」 「しないしない」 呆れたように笑うその姿は噂とは程遠い人のように思えた。 「なんか困ったことはある? あるならあたしがなんとかしちゃる」 困ったこと、その筆頭はもちろんこのクラスに入ってしまったことだ。 だが、それを彼女に話したところで何か事態が好転するような気はしない。 あぁ、あった。このクラスで生きていくにあたって切実な問題が。 「友達が欲しいのっ!!」 「……それが困ったこと…か?」 「もちろんです! ウサギは寂しいと死んじゃうのです!!」 本気でこのクラスでの孤立は死を意味していると思う。 今後、派閥みたいなグループができて、乱世が訪れるような気がする。 「これから二年間、一人ぼっちなんて寂しいじゃない……」 「…………その気持ちはわかるよ」 井上さんの笑顔が翳る。たぶん同情なんかじゃなく本心から出た言葉だろう。 (こんな人でも孤独を恐れたりするのかな……) 強くて、自由奔放で、恐れるものなど何もなさそうに見える。 それが私や周りの評価で、その評価に間違いはないと勝手に思い込んでいた。 先入観で人を判断してはいけないといういい教訓なのかもしれない。 「まぁ、そういうことならアイツの出番だな……。お〜い、雄二〜!」 なんと、井上春香嬢はとんでもない奴を呼び出しよった。 (第二の暴君召還だとぅ!?) もう逃げらんないね♪ 逆鱗に触れちゃったら病院行き確定だわ。 茫然と二大暴君が私の席に集まるのを見ていることしかできない。 「なんだよ?」 「なんか懇親会的なイベントをやることが決まったぞ」 「……で、俺を呼んだ理由は?」 「仕切れ」 有無を言わさぬその所業。いきなりイベントを仕切らされる藤木君も可哀想だ。 「なんで俺!? しかも懇親会的なイベントって何!?」 「それを考えるのも含めて仕切れ」 「だからなんで俺なんだよ!?」 ごもっとも。やるなら井上さんが仕切ってやればいいだけの話だ。 わざわざ藤木君に話を持っていく理由はどこにもない。 「文句があるならこの子に言いな」 井上さんが指差す先には当然のように私の顔がある。 「えぇーーっっ!!?」 とばっちりもいいところだ。ってか、私イベントなんて話してないし!! 恐る恐る藤木君の様子を窺ってみると、目が合った。 (うう…、言ってない……。私、言ってないよ……) 視線に言葉を載せて目で訴えかけてみるが、反応があまりない。 藤木君が発する無言のプレッシャーに思わず泣きそうになる。 「…………わかったよ。やりゃあいいんだろ」 (え……) 「まだ桜も散ってねぇし、公園で花見ってとこか。今週末でいいか?」 イベントの詳細が決まっていく。思いつきとはいえ素早すぎる決定だ。 藤木君もやるとなったらとっとと決めてしまいたいのだろう。 ふつふつと罪悪感が湧いてくる。やっぱ私のせいなんだろうか。 「えっと、如月さんだったか?」 「ふぇ?」 「今週末でいいか、って聞いてんだけど」 「…………ふぇ?」 なんで私に聞くんだろう。今の流れで言うと、井上さんに確認するべきでは? 「なんで私の予定なんか……」 「なんでって、如月さんが参加できなきゃやる意味ねぇだろ」 それでは本当に私のためにイベントをやるみたいじゃないか。 「クラスのためのイベントだよね?」 「建前はな。でも俺と春香の目的は如月さんを孤立させないことだよ」 そんな…、私なんかのためにクラス全員動かさなくたっていいのに。 ってか、初日に話しかけて友達ゲット作戦は失敗しているんですが!? 「難しく考えなくていいぜ。どうせ何らかの形でやらなきゃならねぇことなんだ」 「このクラスにはね」 どういう意味だろう、このクラスには懇親会が必要って……。 暴君二人の思考回路に私の理解が追いつかない。 「だから予定だけ教えてくれりゃあいい」 「……うん、一応週末なら空いてるけど」 そう言われては素直に答えるしかない。 私は既に何かのイベントに参加することが決まってしまったらしい。 「おっけ。んじゃ、土曜日だな。食料は各自持ち寄りってことで」 「ん、あとは放課後だね……」 「そうだな」 放課後……、どうやら今日は放課後に何かが起こるらしい。 完全に置いてけぼりの私には、それくらいしかわからなかった……。 |