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第3話 生きてく自信を失いました

 いきなりアレですよ……。まぁ、殴り合いにならなかっただけマシだけど……。
 普通は担任に目をつけられないように、粛々と過ごすものなのに、あの二人はなに?
 まるで「目立ってなんぼ」と言わんばかりに舞台に上がる芸人みたいじゃん。

 だが、ここに集まったのは各クラスから選ばれた知名度の高い連中ばかり。
 舞台という表現もこの教室のことを指すなら間違ってないのかもしれない。
 さて、あの凶悪なコンビを相手に、クラスの皆さんはどう動くんだろう……。


「―――以上よ。くれぐれも私の期待を裏切らないよ〜に」
 明らかに私達のクラスへ向けられた校長の挨拶を、私は全力で聞かなかったことにした。
 そんな要所要所に“バイオレンス”なんて単語が出てくる挨拶は聞きたくない。

(そういえば、入学して三日目だったっけ。兄貴達が乱闘騒ぎ起こしたのは……)
 去年の今頃のことを思い出す。この学校がどういう学校かを知った日だ。
 たぶん私も同じルートを辿ることになるんだろうな、と思っている。
 入学式から三日目。つまり明日は高い確率で乱闘騒ぎが起こるってことだ。

(よし! 明日は休みだ!!)
 地雷源とわかってて、あえて飛び込んで行く理由はない。
 怖いもの見たさで登校するには当事者になる確率があまりにも高すぎる。
 私は起こりうる危機に対して早々に自主欠席を決めたのだった……。





「決めたのだった……って言ったじゃん!!」
「如月……お前、三日目で早くも壊れたか?」
「やかましい!! なに気安く一緒に歩いとんねん!! とっとと学校行けっ!!」
 家から学校へ向かったと見せかけ、こっそりエスケープするつもりだった。
 だが、偶然鉢合わせた高槻君が律儀に一緒に行こうと隣を歩きだしたのだ。
 おかげでエスケープポイントをすべて通り過ぎてしまい、今に至る。
「なんで関西弁でつっこむのかはわからねぇが……なんかあったのか?」
(なんかあったんじゃない。これからあるのだよ……)

 予知能力者じゃあるまいし、そんなことを言ったところで信じてもらえないに決まってる。
 仮に信じてもらえたとしても「だからなんだ?」で済まされそうだ。
「…………」
「…………」
 結論、黙り込む以外に選ぶ道なし!!

「言えねぇならいいけどよ」
「…………」
 黙ったのを特に気にすることもなく、隣を歩き続ける高槻君。
 そんな彼に相談するくらいならいいか、と思い直した。
「生きてく自信を失いました」
「……唐突だな、オイ」
 最初から自信はなかったが、少しだけあった希望みたいなものも、この二日で見事に砕かれていた。
 暴力的な騒動が連日で起きているんだから不安しか残らない。
 いずれ自分が巻き込まれることになると思うと気が気ではない。
「クラスのせいか?」
「…………」
 無言の肯定。こう言ってはなんだが、否定できる要素などどこにもなかった。
「心配しすぎなんしゃね? 世の中意外となんとかなるもんだぞ?」
「そりゃ最強コンビとつるんでりゃそうも言えるわい」
 この男は運動もできる方だし、私とは立場がまったく違うのだ。
 ジュラシックパークに放り込まれた子ヤギにそれを求めるのは酷というものだろう。

「大丈夫だって。あいつら、喧嘩は好きだがいじめは嫌いなんだよ」
 もちろん俺も嫌いだけどな、と付け加えるが安心するには程遠い。
 だって他の連中はいじめ大好きかもしれないじゃん。
「カツアゲされてたら助けてくれる?」
「俺が見つけたらな」
「見つけなかったら?」
「大声で助けを呼べ」
 そりゃ見つかっても見つからなくてもヘルプコールはするつもりだけどさ……。
 あの兄貴がどこでどんな恨みを買っているかわからないだけに不安は募る。
 我ながら比較的危うい立場だ。自分ではどうしようもないのがまた辛い。

「うっ……」
 そんなどうしようもない会話をしているうちに校門まで来てしまった。
 ここまで来て、今更引き返すのはいくらなんでも無理があるよね……。
「どうした? 行くぞ」
「じ、持病の癪が……」
「……意外と往生際の悪い奴だな」
「あ、ちなみに癪って腹痛全般を指す言葉だって知ってた?」
「聞いてねぇよ」

 せっかくの歴史的豆知識もあっさり無視され、先に進んでいってしまう高槻君。
 彼の近くにいれば少なくとも自分に被害は及ばないと考え直して追いかける。
「そう連日、喧嘩騒動やらかすわけねぇって」
「………うん…」
 三日目の悲劇を知らないとはいえ、こうも自信を持って言われると返事に困る。
 まぁ、毎年三日目に起きるわけじゃないし、今は信じてみることにしよう。



「如月、……前言撤回していいか?」
 高槻君がそう言ったのは二階の廊下での惨状を見たときだった。
 その様子はまさに死屍累々。死体ではないが倒れた男子生徒で溢れかえっていた。
「やっぱり……」
 悪い予感が的中していたことに思わず天を仰いでしまった。
(神様、私なんか悪いことしましたか?)
 こう言っちゃなんですが、わたくし……、わりと真面目に生きてきたつもりですよ?
 そんな私に対してこの仕打ち、この世に神はいないの?
「こりゃあ、一段と酷いな……」
「どうすんの?」
「どうするって、とりあえず教室に入らねぇと遅刻になるだろ」
 この状況見て遅刻がどうとか言ってる場合じゃないと思う。
「足の踏み場に困るな、っと」
 隙間を見つけて前に進んでいく高槻君を見て、真似しようとした足が止まる。
(私にゃできません……)

「何やってんだよ、早く来いよ」
「こんなローアングル集団の中、突っ切って行けるかぁっ!!」
 地面に這いつくばった男子生徒の合間を制服で通り過ぎるなどできるわけがない。
 まったく気にせず行けるとしたら、それはもう露出趣味の変態だ。
「……あ、そっか。まぁ、そりゃそうだよな」
「なんとかなんない? 私の後に来る子も困ると思うんだけど」
「ん〜、これ全部片すとなると結構な重労働だな」
 そう言うと校内にもかかわらず当たり前のように携帯を取り出した。

「おう、雄二か? 廊下のやつ、やったのお前だろ?」
(……なぜわかる? ってか十人以上いるのにこれ一人でやったわけ!?)
 これだけの人数相手にして平気で勝てるってどんなバケモンなんだろう……。
 しかも普通にその場に放置するあたりが犯人である藤木雄二の非情さを醸し出している。
「わかるに決まってんだろ。井上だったらこいつら保健室行きじゃ済まねぇ」
「…………」
 どうやら怪獣になるとこれが病院送りになるらしい。
(ジュ…ジュラシックパークだ。マジもんのジュラシックパークがここにある!!!)

「後始末くらいちゃんとやれよ。みんな登校できなくて困ってんぞ」
 その後、幾度かのやりとりの後、駆けつけてきた藤木君と高槻君は廊下を本当に綺麗に片付けた(・・・・・・・)
 倒されていた可哀想な男子達の行方を見なかったことにして、私は教室に入ったのだった……。



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