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第2話 無理っぽいんですけど…

 学校のしたことは猛獣の檻に手負いの山羊を放り込むようなことだ。
 速攻で餌食になってしまいそうな私にいったいどうしろと?
 もし虐めなどあれば、その凄まじさは全国のニュースで報道されるだろう。
(タ、ターゲットになっちゃいけない……絶対に!!)

 外面では平静を装い、内心では周囲に怯えつつ席に座ってじっと机を睨みつける。
 私に近づくなというオーラが出てしまっているなぁ、と自分でも思う。
「B組だ、B組!! 急げ春香っ!!」
「雄二が早く名前見つけないのが悪いんじゃん!!」
「てめぇ、A組から見てたくせに俺が見つけるたぁ、どういう了見だ!!」
「見逃した!! 文句あるか!!」
「ないわけねぇだろ!!」
 廊下から聞こえる怒声の応酬。B組ってここじゃん……ってことは。

「セーフ!! 先生まだ来てねぇぞ!!」
「ちっ、そんなら歩いて来てもよかったじゃん」
 勢いよく教室に飛び込んできた二人の男女に教室中の人間が注目した。
(出たよ……一番ヤバイ奴等が)
 井上春香と藤木雄二。先輩ですら手を出せない超問題児。
 そこらの不良よりももっと性質が悪い、という噂だがとてもそうは見えない。
(なんだ。けっこう普通じゃん)
 腰まで伸ばしたポニーテールが彼女の自信の強さを表しているようだった。

「遅ぇぞ、雄二」
「悪ぃ、いつも通りだ」
 高槻君が藤木君と親しげに話している。どうやら仲がいいのは藤木君の方らしい。
 ま、藤木君がいれば自然と相棒の井上さんもついてくるか……。
「本当にいつも起こしに来るのが遅いのよ」
「おめぇが起きんのが遅ぇんだよ!!」
「マジでいつも通りじゃねぇか」
 藤木君と井上さん……相棒って聞いてたけど、そこまでの関係なわけ?
 進んでるなぁ、と純粋に羨ましくなってしまうのは私だけだろうか。

 おっと、いつまでもじっと見ていたらどんな難癖をつけられるかわからない。
 危機感を常に維持しておかなければ、この教室で無事に過ごすことなどできない。


「おい、席に着け。出席を取ったらすぐに始業式だ」
 先生が入ってきて、ぞろぞろと席に着くクラスメイト達。
 この39人の中で果たして何人が問題児と言われる人なんだろう。
 なんだかこうして見ているだけで全員が怪しく思えてくる。
(誰と友達になれっつうのよ)

 本当に私は猛獣の檻の中に放り込まれた哀れな子羊になりそうだった。
 そんな中で私にできることは気を大きく保つことだけだ。
 追い詰められた鼠は猫だって噛んじゃうんだぞ、という感じだ。
「井上! 井上春香!!」

 軽く気合を入れているところ、先生がなにやら井上さんの名前を呼び続けている。
 振り向きたいような振り向きたくないような……しかし、気になる。
「い、いや、井上いるんですけどね? 寝ちまってるんで先進めてくれません?」
「……ふざけるなっ!! 俺は相手が誰だろうと特別視するつもりはない!!!」
 ビリビリと震えるような怒声が教室内に響き、教室が静まり返る。
(初日からさっそくか……。さすがだわ)
 寝ていると聞いて安心して振り向くと、井上さんは見事なまでに机に突っ伏していた。
 触らぬ神になんとやら、私は先生の怒りを聞き流すことにした。
「先生のために言っときますが、あまり刺激しない方が……」
「関係あるかっ! 藤木っ! 井上を起こせっ!!」
「……そ、そんな結末の見えた自殺行為を生徒にやれと?」
「いいから叩き起こせ!!」
 着席後五分でこれ。無茶苦茶である。とても始業式の日の会話とは思えない。
 マジで熟睡してるのか狸寝入りなのかは知らないが辞めて欲しいものだ。
 藤木君も初日から大変だね。どうして我関せずで放っておかないのか……。

「おい、春香。起きろよ」
「…………」
 突っ伏している井上さんの肩をゆすりながら覚醒を促す。
「え〜っと、反応ありませんが、続けますか?」
「当たり前だ!!」
 とにかく起こせの一点張りに溜息をつきながら藤木君は井上さんの肩を揺する。
 眠れる怪獣を無理矢理起こすとどうなるか、予想ができるだけに避難したい。
 周囲を見渡すと皆も私と同じように爆心地からは自然と距離が置かれていた。
(なんか……慣れてない?)
 あまりにも自然に机を離している周囲の方々に驚いた。
 まるで日常茶飯事のような反応。まだ初日のはずなのに……。
 これから起こることを確信している……。いや、何かを察知しているみたいだ。

 危機感がまた一つ増えた。皆が反応できる何かに私は気づいていない。
 いくら私が気を張ったところで前兆に気づかなければ意味がない。
 自分が察知して逃げ始める時点で、きっと皆は避難を終えている。
(まずい……まずすぎるわ)
 自分の立場が本当に手負いの山羊なんだと思えてきた。
 さっきまではわずかながら冗談混じりで思っていたのだが……甘かった。
「おい、さすがに初日からはまずいって!!」
 いや、初日からはまずいとか言ってるお前さんも相当まずいから。
 先生の存在を忘れたかのような発言に周囲の皆も肝を冷やしているだろう。

「あ〜、先生? 先ほど叩き起こせと言いましたよね?」
「あぁ、いいから起こせ!!」
「んじゃ、遠慮なく……」
 そう言うと一度深呼吸をした後、井上さんの頭めがけて拳を振り下ろした。
 凄いのは手加減など一切考えていないような速度で殴りかかったことだ。
 一瞬の出来事で何が何やらわからなかったが、結果だけを言うとこうなる。

藤木君が殴ったのは机で、井上さんの拳が藤木君に受け止められていた。

 てっきり井上さんが殴られると思っていただけに、訳がわからない。
「ちっ」
 藤木君は殴れなかったからか、舌打ちをして席に戻った。
「ご希望通り起きましたよ。さ、続きをど〜ぞ」
 先生も圧倒されたのか、その後は何事もなく静かに出席が取られていく。
(ここで生きる? 無理っぽいんですけど……)
 こんな場所じゃ明日すらも生き延びられるような気がしない。
 そんなお先真っ暗な気持ちで担任からのお小言を聞き流していた……。



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