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第1話 ここで生きるの? 

 私、如月奈緒は2年生になった初日に掲示板前で膝から崩れ落ちていた。
 こうなることは大方予想はできていた。できていたからこそ不安だったのだ。
 結果、不安は見事に的中。見覚えのある名前が私のクラスには散見される。
 それを確認した瞬間、一般生徒の私が特殊クラスに入ることを実感させられた……。

「やっぱり……」
 クラスわけをここまで不安な気持ちで迎えるのは、この学校ならではだろう。
 特殊クラス。いろいろと問題のある生徒を一クラスに集める湊大付属独特の制度。
(あ〜、私ってば、これからあのクラスで生きていくわけ?
一般生徒にとっての恐怖の対象が集まるあのクラスで?)

 救う者のいないサバイバル生活が始まるのを容易に想像できるのが怖い。
 井上春香やら結城さやかやら……ビッグネームが揃っている。
 ここ2−Bが特殊クラスじゃないという理由があるなら聞かせてもらいたい。
「終わった……。さらば、私の高校生活……」
 このまま3年になっても特殊クラスは基本的に持ち上がりだ。
 つまり、私は一般生徒でありながら2年間も特殊クラスで過ごさなきゃならないのだ。

「奈緒……」
「そんなに落ち込まないで」
「そうよ、ちょっとクラスが離れただけじゃない」

「みんなぁ……」
 元クラスメイトの友達が崩れ落ちる私を慰めてくれる。
 そうだ、私にはありがたい友達という存在がいる。特殊クラスでもきっと大丈夫。
「じゃあ、そっちのクラスに遊びに行くね」

「え……。それは、ちょっと……」
「下手にそっちのクラスの友達とかついてきたら、ねぇ?」
「なにやらされるかわかったもんじゃないじゃない」
 つまり私を傷つけずに縁を切っておきたい、と遠まわしに言っているのね。
 特殊クラスには関わりたくないという彼女達の心情が透けて見える。
 私が信じてきた友情が実は薄く儚いものだったと思い知った。
(孤立無援かぁ。予想はしてたけどショックだなぁ)

「じゃあ、行ってくるね」
「奈緒……強く生きてね」
 彼女達の言葉は別離のそれだったのだろう。私は強く生きることを誓った。



 恐る恐る教室に入ると、一見普通の生徒達に見えるから不思議なものだ。
 この中の何人が内に猛獣を飼っているのかなど見極めることもできやしない。
(ここで生きるの? 毎日がサファリツアーじゃん……)
「お、如月じゃねぇか。お前も特殊クラス入りか?」
「……知り合いがいるだけマシか」
 声をかけてきたのは高槻健吾。1−F時代の元クラスメイトだった。
「お前、アレだろ? 兄貴のせいだろ?」
「まぁね」
 そう、兄の如月大河が特殊クラスであるのが私の特殊クラス入りの理由である。
 一般生徒の私がどうやってこのクラスで過ごしていけというのか……。
「ま、このメンツならなんとかなるんじゃねぇか?」
 ぐるっと教室を見渡してみるが、私でも知ってる人なんて一握りだ。
「俺のダチにも紹介したいとこだが……お前が耐えられそうにねぇなぁ」
「え? 友達紹介してくれるんなら嬉しい!」
 友達がいるだけでこのクラスで生きていくのはだいぶ楽になる。

「紹介するのはいいけどな、相手は怪獣だぞ」
「怪獣って……まさか!!?」
「ほら、A組の井上。井上春香、知ってんだろ?」
 知らないわけがない。私が最も関わってはならないと思ってる人物だ。
 学校のトップを瞬殺したとか、暴走族を潰したとか、噂は絶えない。
 鎖から解き放たれた猛獣のような女だと1年の頃から聞いている。
「や、やっぱいい。自分で探す」
「友達はよく選べよ。傍目じゃわからん奴等ばっかだからな」
 そう言う高槻君はなんで井上春香なんて危ない奴と友達付き合いやってんの?
 あまり話したことがなかったけど、高槻君もここにいる理由があるのだろうか。
(実はとんでもない奴だったりして……)
 傍目じゃわからん奴等、か……。いい実例を見せてもらったわ。
 まさか高槻君本人がその実例となっているとは夢にも思うまい。


(しっかし、そう考えると誰もが怪しく見えてくるわねぇ……)
 一見まともそうな人でも、裏の顔がどんなに酷いかわかったもんじゃない。
 こんなところで人を見る目が問われるとは思わなかった。
(わかるわけないじゃん。適当に声かけてやばそうだったら離脱しよう)
 こうして戦々恐々と毎日を過ごすと思うだけで気が滅入る。
 やはり友人は必要だ。2年間をだんまりで過ごすなんて耐えられない。

 こういうとき、まずは大人しそうな子を選ぶのが定石!
 いきなり殴りかかられでもしようものなら洒落にならない。
 私は教室の中央に座って本を読んでいる女の子に話しかけてみることにした。
「あ、あの〜」
「……ん…」
「わ、私、如月奈緒っていうの。よろしく〜」
「…………」
「…………」
 作り笑顔が壊れてしまいそうだ。この子、何の反応もしてくれない。
 ただ、じっと私の顔を見るだけで何かを語りかけてくるわけでもない。
「………ん」
 じっくりと観察されたあとに返ってきたのは、その一言だけだった。
(この子はダメだ。友達になっても会話が成り立ちそうにない!!)
 名前も教えてくれなかった彼女との会話を諦め次へ向かうことにした。
「あ、あはは……よろしくね」

キーンコーンカーンコーン……

 次に話しかける人を探そうと思ったとき、チャイムが鳴ってしまった。
「マジ?」
 このまま自己紹介のコーナーに突入? まだ何も進展がないんですけど!!?
 ここで生き残れないと夢のエスカレーターが止まってしまう……。
 大学受験なんてまっぴらだ。そのためにこのキツイ学校受験したのに!!!
(それもこれも全部兄貴のせいだ!! なに勝手に特殊クラスに入ってんのよ!!!)
 家に帰ったらどうしてくれよう。とりあえず一発殴らなきゃ気がすまない。
 兄貴は簡単に避けれるくせに私の攻撃を避けたりはしなかった。
(それがまたムカつく。私の気持ちをわかってるってのがムカつく)

 っと、早く席に着かなきゃ。仕方ない、自己紹介で友人候補を見極めよう。
 ここ2年B組でのサバイバル生活は前途多難、本当に先が思いやられる……。



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