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最終話 するわけないじゃん 

 夏休みに入って一週間が経とうとしていた。
 私は宿題を片付けたり、街に出かけたりと、平穏な日々を過ごしていた。
 特殊クラスから切り離されると、普通の高校生らしい生活に戻ってしまう。
 そのことに物足りなさを感じてしまう私は重症と言えるのかもしれない。

 春香達は既にリゾートランドから帰ってきている。
「うだ〜」
 井上家でのお泊まり会も予定通りやることになっている。
 今日がそのお泊まり会の日で、私は春香からの連絡を待っていた。
 しかし、昼の一時になっても連絡が来ないし、電話にも出てくれない。
「暇だぁ〜」

 準備はいつ呼ばれても大丈夫なように昨夜のうちに終わらせている。
 位置について、用意……で、スタートの合図だけかからない。そんな状態だ。
「藤木君にでも聞いてみよっかな……」
 春香のことなら彼に聞くのが一番早いだろう。

 そういえば藤木君に電話するのは初めてだなぁ。
 教えてもらってから三ヶ月、一度も電話をかけずに過ごせたのは喜ぶべきか……。
 なんせ藤木君の番号は私にとっての奥の手であり、ヘルプコールだったのだ。
 まぁ、そのヘルプコールをこんなことで使うことになるとは思わなかったが。

「もしもし?」
「はろ〜、貴方の町のアルテミスでっす!」
「…………お前、俺と住んでる町違うじゃん」
 いや、それはそうなんだけど、なんとなくあるじゃん! その場のノリとかさぁ!
 だいたい私が初めて電話したのに、その冷たすぎる反応はなんだ。
「なんでそんなテンション高ぇんだよ?」
「…………」
 んなもん私にもわからんよ。夏がそうさせたんじゃなかろうか。

「まぁ、いいや。なんか用なんだろ?」
「うん、春香と約束してるんだけどさ。全然連絡が来ないの」
「あぁ、そりゃ無理だ。アイツなら絶対まだ寝てるから」
 藤木君は笑いながら言う。なんか後ろからはピコピコとゲームの音が聞こえる。
 きっと彼は耳と肩で携帯を挟み、ゲームを続行しているのだろう。
 その軽薄そうな受け答えの情景を思い浮かべ、なんかイラッとしてしまった。

「……起こせ」
「は?」
「今すぐ春香ん家に行って叩き起こせッ!!」
「ちょっと待て! なんで俺が!?」
「やかましい!! 何時間待っとる思とんねん!!」
「俺、関係ねぇじゃん!」
「いいからやれ! 春香にあることないこと吹き込んで地獄巡りさせんぞ!!
三十分やる。三十分以内に春香から私に電話がなかったら実行するからね!!」
 藤木君の返事を待つことなく電話を切ってやった。
「ふぅ」
 言うだけ言って少しスッキリした。藤木君から電話もないし、動いてくれるだろう。
 それにしても春香のやつ、まさかまだ寝てるとは思ってなかった。
 教室でもよく寝てるし、いったいどうすればそこまで眠れるのやら……。



 それから二十分後、春香から眠そうな声で電話がかかってきた。
「おはよ」
こんにちは(・・・・・)
「お〜、ほんとに怒ってる」
 藤木君から聞いていたらしいが、春香の声はいたって平然としたものだった。
 まだ怒ってるわけじゃないけど、これくらいの嫌味は言ってもいいだろう。
「学校で待ち合わせでいい?」
「了解」
 この短いやりとりをするために何時間も待たされたと思うとやりきれない。

「じゃあ雄二向かわせるから、校門前ね」
「…………」
 私が言えるこっちゃないんだけど、藤木君も災難だなぁ。
 っていうか、アンタは来ないのかよ、とツッコミを入れたら負けだろうか。
 相変わらずの暴君っぷりに、こちらとしては苦笑いしか出てこない。
「もう、いいや。私が春香ん家に着くまでに寝てなけりゃいいよ」
「いいや、寝るね。クーラーの効いた涼しい空間で惰眠を貪るね」
「寝てたら射るからね。いや、ほんと、マジで」
「わかったって。寝ないで待ってるからそうカリカリするな」
 誰がイラつかせてると思ってるんだ。本当に春香と話してると疲れる。
 自分勝手で気ままに生きて、世間の目なんてまるで気にしない。
 そんな普通なら非難されるような生き方を力ずくで押し通してる。
 凄いことだし羨ましいとも思う。私にはそんな生き方は一生できないな……。


 ボストンバッグを肩に掛け、学校を目指して歩きだす。
 わざわざ一番暑くなる時間まで待ってから、外に出てる私っていったい……。
「…………」
 うん、深く考えると泣きたくなりそうだから、何か別のことを考えよう。

 それにしても暑い。日焼け止めは塗ってきてるが、防げそうな気がしない。
 日傘でも差しながら優雅に歩いた方がいいのかもしれない。
「……ないな」
 私は思い浮かべたイメージを見て、即座に考えを覆した。
 白い日傘を片手にボストンバッグ。優雅な雰囲気も消し飛ぶってもんだ。
 それに私らしくないというか、お上品な姿は似合わない。
 元気に明るく太陽の下を駆け回ってる方がよっぽど似合ってる。


 そんなこんなを考えてる内に学校が見えてきた。
 気配察知なんて身に付けたからか、遠目でも普段の学校より寂しい感じがする。
 クラスのみんなは帰宅部がほとんどだから、たぶん誰とも会えないだろうなぁ。
「如月〜!」
(本当に来てるよ、藤木君……)
 校門前で自転車にまたがり、こっちに向かって大きく手を振っている。
 たとえ理不尽な命令でも、とりあえず来てくれるあたりが藤木君だよなぁ。
 優しいと言うべきか、押しに弱いと言うべきかは微妙なところだけど。

「待った?」
「いや、今来たとこ」
「じゃ、今日はどこ行こっか?」
「……春香ん家だろ」
 デートのお約束終了! もうちょっと続けてくれたっていいのに……。
 まぁ、藤木君からしてみたらそんな気分でもないかな。

「もっとデートの待ち合わせっぽくできないの? 唐変木」
「使いっ走りじゃなきゃな。あと、唐変木でもねぇから」
 藤木君の自転車のカゴにボストンバッグを突っ込んで後ろに座る。
 校門の前で堂々と二人乗りができるようになってしまった。
 不思議なことだが、違和感なんかはまったく感じたりしなかった。
「んじゃ、よろしく」
「あいよ。しっかり捕まってろよ」
「オーケー」
 私は自転車の荷台を掴み、スムーズに自転車は走りだした。
 腰に手を、とかはまぁ、憧れるけど彼氏でもない男の子には無理かな。
 藤木君をからかってやるのも一興だが、私自身も恥ずかしい両刃の剣だし。
「それにしても、だいぶクラスに染まってきたな」
「何? 私が?」
 そりゃ三ヶ月もあのクラスで過ごしてりゃ、嫌でも染まるってもんだ。
 染まらなきゃ生きていけないし、早く染まらないといろいろと損だ。
「初めて会った頃はあんなに純粋そうな奴だったのになぁ」
「今の私ゃ汚れかい」
 だとしたら春香のせいだな。そして、春香のおかげとも言える。
 春香がいたから私はあのクラスに馴染んで、生きていくことができたんだ。

「後悔してないか?」
「するわけないじゃん」
 即答できた。考えもせずに自然と口から出ていた答えだ。
 考えれば、後悔することも出てくるが、この滑るようにして出た答えは本心だ。
「ならいい」
「そっちは? 後悔してないの?」
 私を普通から特別に引きずり上げたこと。普通に戻れなくしてしまったこと。
 藤木君や春香にもそういった後悔があるかもしれない。
「如月が孤立するよりはマシだ。後悔なんかしてねぇよ」
 それを聞いてホッとした。いらない後悔を引き摺られちゃ私としても心苦しい。
 もし、寂しい思いをすることになっていたら、今の私はなかっただろう。
 この恩は決して忘れない。彼等が助けを求めてきたら、私は絶対に拒んだりしない。

「ねぇ、藤木君。私って特殊クラスの一員になれたのかな?」
「まだそんなこと言ってんのかよ。お前はもっと自信持っていいと思うぞ」
 私は彼と同じように自由に飛べる翼を手に入れられたのだろうか?
 常識に捕らわれず、感じたままに動けるような強さを……。
「特別だよ、お前は。胸張って特殊クラス名乗れるくらいにはな」
「そっか……」
 私は藤木君が認めてくれる程度には強くなれてるんだ。
 まったく戦闘経験の無い私でも武闘派として、あのクラスにいていいんだ……。

「よ〜し! 春香ん家まで飛ばせ〜ッ!!」
「了解!!」

 もやもやしたものが吹き飛んで、すごく清々しい気分だ。
 日差しはとても暑くて、風すらも生温い、そんな夏の炎天下。
 私はようやく自分の意志で、最後の一歩を踏み出したのだった……。



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