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 あの日から俺は溝口奈々。ナナのCDを聞くようになった。
 ありがちなバラード曲だったが、他のアーティストとは違う気がした。
 身内びいきっていうのもあるかもしれねぇな……。

番外編 偶像の涙1  <<雄二>>

 ある日、俺の家に一通の妙な封書が届いた。
「おっ、奈々じゃん」
 裏を見ると溝口奈々からの封書だった。
「メールで済ませりゃいいのに……なんだ?」
 ハサミをペーパーナイフの代わりにして封筒の口を切る。


雄二へ

今度、湊市でコンサートやることになったの。
チケットとスタッフ証明入れといたから楽屋まで来れるよ。
絶対に会いに来てね。

奈々


「いや、絶対って言われてもなぁ」
 チケットを見るとコンサートの日付は再来週の日曜日。
 場所は湊市文化ホール。あんな狭いところでか?
「やっぱ湊市出身だからか?」
 本来、湊市はアイドルのコンサートをやるような都市じゃなく、いたって田舎の町である。
 出身地でのコンサートはけっこうやるものだが湊市じゃなくてもいいのになぁ……。
 
 チケットから情報を得ようと見ていると……。
「は!? 全席指定? S席!?」
 値段は……値段は……。
「5000円!? あのバカ……なに考えてんだ」
 こんなもん受け取れるか!! といっても受け取ってしまったのだが。
「どうすりゃいいんだよ。こんなもん……」
 返すわけにもいかないチケットを指で摘んでピラピラと弄ぶ。

「どうしたの? お兄ちゃん」
「ん? 千夏か……ノックくらいしろよ」
 いきなり扉を開けてくる妹に文句を言った。
「だって、いきなり大声が聞こえてきたんだもん。なぁに、その紙?」
「あ、おい!!」
 千夏が俺の手からチケットを奪う。

「ああぁぁあ!! ナナのチケットだぁ!!」
「な、なんだよ……」
 俺が持ってるのがそんなに不思議か? まぁ、不思議だわな……。
「だってこのコンサートチケット1日で売り切れちゃったんだよ!?」
 げ、そうだったのか。そりゃとんでもねぇ……。
「しかもS席。お兄ちゃん、どんなコネ使ったの!?」
 コンサートをやる本人、というコネクションだ。まいったか妹よ。

「ナナのコンサートなんて売り切れ確実だよ!?」
「そうなのか?」
「しかもS席。プラチナチケットだよ!?」
 千夏は驚愕し「S席…S席…」とつぶやいている。そんなに凄いチケットだったとは……。

「そういえば最近ナナを聴くようになったよね……」
 俺は友達になってすぐに興味を持ち、CDを全部買ってみたのだ。
 俺の持つCDは、街中やTVで聞いて気に入った曲と奈々の曲だけだ。
「ま、ファンになったってところだな」
「いいなぁ……あたしも行きたい」
 奈々も2枚くらい送ってくれりゃいいのになぁ……。

「なに? この可愛い封筒」
 そう、その封筒はとても可愛い封筒だったのだ。俺の好きな薄いブルーの封筒。
 以前メールで「好きな色は?」と聞かれたので答えたのが薄いブルーだった。
「……溝口奈々? 誰なの?」
 千夏のこのセリフを聞いて、あの頃の気持ちが蘇ってきた。

(なんで誰も奈々のことを知らないんだ……)

「千夏。溝口奈々……ナナの本名だ、覚えてやってくれ」
「え……うん、わかったよ」
 俺の真剣な表情を見て千夏はちょっと怯んでしまったみたいだ。

「悪かった。ちょっとオーバーな反応だったな」
 頭を撫でてやる。
「ねぇ、どうしてお兄ちゃんがナナから手紙を貰うの?」
「さぁな。だけどな俺が手紙を貰ったのは溝口奈々であってナナじゃない」

「俺にとってアイツはただの歌の好きな女友達だ。アイドルじゃねぇよ」
「……ふぅん。お兄ちゃんらしい考え方だよね」
「そうか?」
 俺らしい考え、それがどういうものなのか俺本人には分からない。
「うん、会ってみたいな。溝口先輩」
「そっか。いつか会えたらいいな」
「うん」

(おい、奈々。お前の知らない間に友達はできてるぞ……)
 どこにいるかも分からない奈々に言葉を送る。

 封筒からスタッフとかかれた腕章が出てきた。
「なぁ、千夏。こういうときって花とか持ってきゃいいのか?」
「お兄ちゃん!! ナナに会えるの!? サイン欲しい!!」
 その前に俺の質問に答えて欲しいが……まぁいい、花は用意しよう。
「色紙用意しとけ。貰っといてやるよ」
「うん、絶対だよ!!」




 コンサート当日、千夏からの色紙を持って階段を下りた。
「なぁ、母さん。花ってどうやって買うんだ?」
「雄ちゃん。どうしたの急に?」
「いや、友達が入院したんだよ。見舞いに花持っていこうと思ってさ」
 ナナのコンサート、と言うのが恥ずかしかったので嘘をついた。

「ふぅ〜ん。女の子に花でも持っていくの?」
「…………」
 何故だ。何故分かった……。
「そうねぇ、やっぱりバラの花束?」
「いや、そういうのは困る。友達に持っていくんだ」
 もう、嘘だとばれているようだが俺は構わず嘘をつきとおす。
「なら花屋さんで適当に見繕ってもらいなさい」
「それって「適当に見繕ってください」って言えばいいんかな?」
「そ、頑張ってね。雄ちゃん」
 だから違うって言ってんのに……。

「ああ、ついに雄ちゃんに彼女が……」
「違うっつってんだろ!!」
 俺は恥ずかしくなって家を飛び出した。


「あ、あの……」
「いらっしゃいませ〜」
「お、お見舞いに行くんで適当に見繕ってほしいんだけど……」
「……。 はい、かしこまりました」
 営業スマイルを返して、店員の女の人は店の中に入っていった。
 なんだ、あの一瞬の間は……。

「はい、どうぞ。3200円になります」
「…………お見舞いなんだけど?」
 渡されたバラの花束を見て店員に聞いてみた。
「お見舞いならバラがいいんですよ〜」
「信じてくれてねぇな?」
 意味ありげな笑みは営業スマイルではなかった。バレバレだったわけだ。

「ありがとうございました〜」
 結局、用意してもらったバラの花束を持って文化ホールに向かう。
 俺は赤の他人にばれるほど嘘が下手らしい。
 表情に出さないようにしているのが逆に表情に出ているのか?
「ペテン師にはなれねぇな」
 俺の将来の幅が少し狭まった。
(まぁ、溝口の奴もバラの方が喜ぶかもな……)
 花ならなんでもいい。と思い直し、とぼとぼと歩き出した。



「雄二……その花、デート?」
 智樹とばったり出会ってしまった。何もこんなときじゃなくても……。
「げ、智樹……。 違うぞ!! 断じてデートじゃねぇぞ!!」
「ふ〜ん。まぁ、喜んでくれるといいね」
 詳しいことは何も聞かずに解放してくれそうだった。ありがたい。
「おう、んじゃ、またな」
 俺は智樹との会話を区切り、逃げるように歩き出した。

「そんなに急いでるの?」
「お前、なんでついてくるんだよ?」
「たまたま進行方向が一緒なだけだよ」
 しれっと言いやがって……お前、そっちから来たじゃねぇかよ。
 俺がどこに行くのか堂々と調査する気か?

 別に構わないのだが……俺がアイドルのコンサートとは柄じゃない。
 何とか秘密にしておきたいものだが、さて、どうしたものやら……。

「お前はペテン師になれそうだな」
 こいつの知能と言葉のマジック、ポーカーフェイス。
 俺の数倍ペテン師に向いていると言えるだろう。
「いきなりだね。まぁ、否定はしないけど……」
 そして、そのことを智樹自身も理解しているようだ。


「お前、帰る気なしか?」
 俺は無駄に歩き回り、智樹が諦めて帰るのを待っていた。
「尾行より同伴の方が楽だしね」
 俺の行く先をどうやってでも調査し、記録するつもりらしい。
 別に恥ずかしいわけではないが……いや、やはりちょっと恥ずかしいか。
「俺についてきてもお前は入れねぇぞ?」
「入るって、どこに?」
 こういう時の事を墓穴を掘ったというのだろう。完全に失言だった。
「……文化ホール」
「えっと今日の予定は……」
 パラパラと、ご自慢の手帳をめくっていく。

「奈々のコンサートだよ!!」
 なんでイベント情報まで手帳に書いてるんだよコイツは!!
「ふぅん…なるほどね」
 そう言いながら何かを手帳に書いていく。
「おい、なに書いてんだよ?」
「企業秘密」
 情報源や手帳の内容について聞くと、いつもこのセリフだ。

「それじゃ、楽しんできてね」
 聞きたいことは聞いた、と言わんばかりに智樹はあっさりと身を引き
 俺達が歩いてきた道を引き返していった。
「ったく、どんどん図々しくなっていきやがって……」
 リオラートに行くことで変わったのはいいことだと思っていたが
 どうも良い方向のみに変わっていたわけではないらしい。


「やべぇ、間に合いそうにねぇぞ……」
 時計を見ると既に開場時間5分前。どんなに急いでも文化ホールまで30分はかかる。
「始まる前には入れる……か?」
 俺は文化ホールに向けて全力で走り出した。

ドンッ

 すれ違う人々を避けきることができずにぶつかってしまった。
「すんません!」
 振り返って謝ったが……ついてねぇ。 相手が悪かった。

「湊大付属の藤木じゃねぇか。そんなに急いでどこ行くんだ?」
「おい! コイツ花束なんか持ってるぜ!?」
「いまどき花束持ってデートかよ!? ギャハハハハ」
 柄の悪いのに見つかった。湊第一工業高校……不良のたまり場といわれる高校だ。
 俺も有名になっちまったもんだ。名前まで覚えられてるとはな……。
「……お前らには関係ねぇだろ? 急いでんだ、どいてくれよ」
 こんなやつらに構ってる暇はねぇ。今は時間がねぇんだよ!!

「は? どかなかったらどうすんだ?」
「ご自慢の井上でも呼ぶか? 春香ちゃ〜ん!! ってか?」
「「「 アハハハハハハ! ギャハハハハ! 」」」

「…………」
 あ、キレた。もうこいつら生かしちゃおけねぇよ……。
(悪い溝口……少し遅れるわ)

ゴッ!!

 問答無用で一人を殴る。こいつらに前口上など必要ない。
「死ねよ……クズが」
 戦闘開始だ……。こいつら絶対に無事で家に帰さねぇ!! 病院送りだ!!!
「てめぇ! ぶっ殺してやる!」
「かかってこいよ雑魚が!! 遊んでやるぜ!!?」

 左手に握られた花束が少しずつ…少しずつ散っていった……。



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