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 中間テスト……それは期末の前哨戦。
 これの結果がよければ後に受ける期末が気楽になり、悪ければ必死になる。
 そう、次の機会があれば救いようもあるのだ。次の機会があれば……な。

番外編 受験という名の悪夢 <<ユージ>>

 湊大学付属高等学校。大学付属というだけあってレベル的には中の上。
 家から1.5kmのこの学校。公立に入った場合、電車の使用が決まる。
 俺の合格率は50%程度だと三者面談で言われた。
 担任の先生から「諦めろ」のお墨付きをいただいていたわけだ。

「あの野郎……」
 春香が香織さんと一緒に三者面談を終えて教室から出てきた。
 すでに面談を終えていた俺は、春香を待つために残っていたのだ。
「どうだったんだ?」
「…………」 
 春香は普段どおりの顔だが俺には分かる。……怒りを隠しきれてない。
「どうだったんスか?」
 かわりに香織さんに聞いてみた。
「しっ!! 暴れだすから外出るまで黙ってて!!」
 小声で俺に圧力をかける香織さんの目はマジだった。怖かった。
 俺はそのとき、素直に外に出ることしかできなかった。


「絶対無理。合格率10%だそうよ……」
 10回受けたら9回落ちるという、受けることすら無謀な受験だった。
「春香……どうすんだ?」
 湊大付属を受けると言い出したのは春香だ。俺は近いし無難だと思って了承した。
 こりゃあ俺も記念受験になるかもしれない……。
「大丈夫だ。当日には90%に上がっている。奴を見返すぞ」
 春香は春香なりに自分の危機を深刻に受け止めているようだった。

「春香どうするんですか?」
「ん〜、受けたいって言うなら受けさせるつもりだけど?」
 香織さんの教育方針は俺の両親と同じで放任主義だ。自由をモットーとしている。
「俺だけ行ってもなぁ……」
「大丈夫よ。私の娘だからね。こういうときは絶対になんとかするのよ」
 香織さんの高校受験がどんなものだったか、かなり気になる発言だった。
 しかし、受験まではあと2ヶ月ほどだ。どうするつもりなのだろうか……。

 それが悪夢の始まりだったとは俺はこのときまったく気付いてはいなかったのである……。



 三者面談から2ヶ月はあっという間に過ぎ去った……。
「なぁ、井上は本当に俺達と一緒のところを受けるのか?」
「そうらしいんだけどな……」
 受験3日前、俺と健吾は俺の家で一緒に受験勉強中だった。
 健吾は俺と一緒に湊大付属を受けることに決めたのである。

 受験申し込みの申請は既に終わっていて、俺達は春香の受験先を知らされてなかった。
 春香は本当に湊大付属を受けるつもりなのだろうか。
「三者で10%って言われたんだろ? 無謀じゃねぇか?」
「さぁ、あいつの考えることは常に俺達の想像の斜め上をいくからな」
 10年以上の付き合いだが、いまだによく分からない。

プルルルル……プルルルル

「はい、藤木です」
 部屋に備え付けのコードレスの子機で電話に出た。
 俺はまだ携帯電話を持っていなかった。
「雄二か? これから修羅場に入るぞ」
「は? なに言ってんだお前?」
 いきなり修羅場と言われても俺にはさっぱり分からない。

「今から家に来い。勉強道具を忘れるなよ」
「家ってお前の家か? 今、健吾いるんだけど……」
「……ついでだ。持ってこい。準備はしといてやる」
 電話は言いたいことを言って切れてしまった。

「春香から召集命令だ。勉強するみたいなんだが……」
「げ……またかよ」
 健吾も俺同様、何回春香に巻き込まれたか分からない。俺と気持ちを共有できる友達だ。
「受験勉強はやってるみたいだぞ?」
「まぁ、俺は勉強できるならどこでもいいけどな……」
 そう言うと健吾は勉強道具を片付け始めた。
「お前もずいぶん耐性ついてきたな……」
 健吾の春香耐性の成長に嬉しい反面、凄く悲しく思えたのは何故だろう。
 俺も勉強道具を片付け、春香の家へ向かう準備を整えた。


「あれ? 雄ちゃんも参加するの?」
 井上香織さんの第一声がこれだった。参加?
「春香は部屋ですか?」
「ええ……。頑張ってね」

カチャ キィィィィ……

 ドアノブをひねり、ゆっくりとドアを開けていく。
「は、春香?」
「雄二か……入れ」
 部屋に入るとまず見つかったのは無数の箱。
 しかし、勉強机は3人分そろえてあり、いかにも勉強会という雰囲気だ。
「カロリーメイトにリポビタンD、眠眠打破……徹夜か?」
 箱に書いてある商品名を読みながら健吾が言う。
「これから試験までの3日間。体力の続く限り勉強をするぞ」
 付け焼刃……というにはいささかハードすぎだった。
 これは付け焼刃などではない。記憶の限界への挑戦だと思う。

「大丈夫。きちんと布団も着替えも用意してあるぞ」
「お、俺の服……何故お前の部屋にある」
 そこにあったのは俺の部屋にあるはずの服達だった。
「おばさんに頼んで用意してもらった。訳を話したらノリノリだったぞ」
「あ、あの母親は……」
「まぁ、下着類はコンビニ製だが我慢してくれ」
 袋に入った下着類。またコイツは金に物を言わせたらしい……。

「お、おい、井上。俺も参加するのか?」
「あ、健吾どうする? 参加するなら親に言っておいてね」
 3日間ぶっ続けの勉強会。俺の家は心配ないようだ。なんせ既に連絡済だ。
「受験票とか持ってこねぇとな……一旦帰ってくる」
 やる気だった。俺は健吾の神経を疑いそうになった。

「やるからには全員絶対に受かるぞ。俺だけ受かっても困るんだよ」
 そう言い残して健吾は春香の部屋を出ていった。


「よし、準備は整っている。始めるぞ」
「「 おう 」」
 それから72時間のことは語るのも恐ろしい。
 時折来る香織さんの差し入れを数分で平らげ、机に向かう。
「眠い……眠眠打破くれ」
「はいよ」
 睡眠は一日三回。一回2時間までと全員で決めた。そんなにきつくない条件だ。
 風呂も食事もトイレも不自由はなかったが外に出ることはなかった。
 まる3日間部屋に篭り、俺達は狂ったように勉強をした。 



「さぁ、ついに明日だぞ。頑張ろう」
 最終日、試験前日。この三日間、学校は三人全員が謎のインフルエンザで欠席だ。
「あと9時間後には試験なんだな……」
「これから寝るぞ。3時間後にラストスパートをかける。睡眠は一切無しだ」
「ああ、体力を回復させよう」
 3時間。貴重な睡眠をとったあとは誰も何も言わずに、ペンの音だけが響いた。


 それから5時間勉強し、湊大付属高校に向かう。
「もう、あたし達に怖いものはない……」
「今この瞬間、俺達が受からない理由はない……」
「周りが雑魚に見えるぜ……」
 春香、俺、健吾のセリフは周囲を恐々とさせた。
 俺達3人だけが異様な空気を纏っていたからだ。

 掲示板を見て受験番号の書いてある教室を確認する。
「じゃあな、戦友。健闘を祈る」
「お互いにな」
 俺達はそれぞれの教室に向かうのであった……。



 その後、まぁ、俺達は合格したわけだが……。
 その前に一つ問題が起きていることを言っとかなきゃなんねぇな。
 俺達はテスト5教科が終わった直後に眠っちまったのである。
 まさに力尽きた、というやつだった。テストのチャイムと同時に崩れ落ち、爆睡した。

「おい、君。起きなさい!!」
「…………!!?」
 周囲を見渡すと誰もいなくて、窓の外はオレンジだった。
「やっちまった……」
「やっと起きたか……もう残ってるのは君達だけだぞ?」
 君達……ということは春香達も眠っているというわけか……。
「すいません。あいつ等を起こしてとっとと帰ります」
「初めて見るぞ? 受験で眠る生徒は……」
「はぁ……」
 俺が春香と健吾を起こし辛い身体を引きずるように春香の家に帰った。
 誰も何も言わずに3人全員が春香の家に帰ったのである。

 用意してあった布団で俺達は泥のように眠り、盛大に祝った。
 3日間の厳しい戦いの鬱憤を晴らすかのように飲んで騒いだ。

 俺が生まれてから最も長い時間勉強したのは、この時だ。
 恐らくそれは生涯変わることはないような気がする……。

あとがき
10万HIT記念作品。
受験シーズンということで雄二たちの受験の話です。
言っておきますが絶っっ対に真似をしないように!!
当方は一切の責任を負いません。受験生の方は真面目に普通に頑張ってください。

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