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 私は高校1年生の身でありながら既に恋愛を諦めていた。
 諦めていた、というのは今は諦めていないから
 原因は私を『女の子』に戻してくれた、あの人のおかげ……

番外編 戦う女の子 <<ユカ>>


 5月、クラスメイト同士の交流を深めるための宿泊学習があった。
 場所は校長先生のダーツの結果、隣の市だったけどそれなりに楽しかった。

「参ったわね……」
 私は自由行動中に同じ班の人達とはぐれてしまった。
 と、いっても地理は知り尽くしているので不安はなかった。
 ただこういう所を一人で歩いてくると厄介なのが現れる。

「ねぇ、君一人?」
 ほら来た。
「暇ならさ。どっか行かない?」
「行かない」
 見向きもせずにその場を離れようとする。
「そんなこと言わないでさぁ。行こうよ、奢るよ?」
 なんで私がこんな目にあわなきゃいけないのだろう。
 まとわり付く男を振り切るように歩く。

「おい、待てよ!!」
 腕をつかまれる。
「放して…よっ」
 捕まれた手首をひねり地面にむけて投げる。

「いてっ」
「これ以上ついてこないで!!」
「優しくしてりゃ、つけあがりやがって……」
 男が起き上がって私の方に向かってくる。
「おい、ちょっと面貸せよ」
「嫌よ」
「悪いけどこいつは強制なんだ」
 男がそう言うと同時に背後から何者かの気配がする。
 その気配は明らかに複数だった。
「じゃ、行こうか?」
 街中で喧嘩をするわけにもいかないので私は付いていくしかなかった。


「さぁて、どうして欲しい?」
 路地裏で男3人に囲まれていた。
 彼等は私をただで帰すことはないだろう。
 まぁ、私も彼等をただで帰すつもりはないけど……

「ていっ!!」
ゴスッ!
 奇襲で一人の男の顎にフック気味に掌底を叩き込む。

「てめぇ!!」
 残った二人が殴りかかってきた。
 一人目の脇をくぐり、通り抜けざまに鳩尾に肘を決める。
 二人目の腰の入ってないへなちょこパンチを避ける。

スパァン!!
 相手の向こう脛にローキックを見舞う。
 体勢の崩れたところを掌底のアッパーでとどめをさす。


「ふぅ」

パチパチパチ
 静かな空間に拍手の音だけが響く。

「うっわ、すげぇな」
「誰?」
 見ると同じ湊大附属の制服を着ていた。
 同級生の男子生徒が拍手をしながら向かってきた。
「拉致られてるの見かけたから追ってきたんだけど……必要なかったな」
「…………」
 見られてしまった。学校では極力このことは秘密にしていたんだけど……。

「A組の斉藤有香だよな」
「そうだけど……なんで知ってるの?」
「春香に聞いてたんだ。井上春香。知ってるだろ?」
 井上さんなら同じクラスだ。結構仲もいい。

「有名だぞ。古武術かなんかの達人だって」
「えぇっ!?」
 今まで誰にも話してないのに。どこから情報が漏れたのだろう。
「あ、あの」
 そういえばこの人の名前を聞いていない。
「あ、俺は井上春香の幼馴染でD組の藤木雄二。よろしくな」
「う、うん。よろしく」
「そんなことより誰かに見られる前に退散しようぜ」
 そのあと私達はこの場から逃げ出した。

「あの、藤木君」
「ん?何だ?」
「あのことなんだけど……誰にも言わないで欲しいの」
「なんで?」
 いい噂にならない上に、これからの高校生活が危ぶまれる。

「嫌な噂が立っちゃうと思うから……」
「さっきも言ったけどさ、有名だぞ。斉藤さんが格闘技やってること」
「それはそうだけど……」

「なぁ、初対面でこんなこと聞くの失礼かもしれないけどさ。
 格闘技やってるって噂が流れるのってそんなに嫌か?」

「嫌に決まってるじゃない。強い女の子なんて……」
「そうかなぁ……。俺はそういうのもいいと思うけど……」
「藤木君は彼女が自分より強くてもなんとも思わない?」
 私は自分の強さにコンプレックスを持っていると自覚している。
 そのせいで恋愛ができなくなっている。


「……思わねぇな。俺の場合だけど一人で奥に隠れちまう彼女よりも
どんな形であっても一緒に戦ってくれる彼女のほうが俺は好きだな……」

 藤木君は不思議な考え方をする人だった。
「あ、あくまで俺の話だからな!! 参考になんねぇぞ」
「う、うん」

「強くたっていいじゃねぇか。『女が守ってもらうだけ』なんて誰が決めたんだ?
自信もてよ。強いってのも魅力のうちだと思うぞ」

 今思えば、この瞬間が私が女の子に戻った瞬間だったと思う。
「雄二!! 何やってんだよ」
「おっと、友達が来ちまった。またな」
 そう言って藤木君は友達の元へ走っていった。
 
 と思ったらすぐに振り向いて
「頑張れよ!!」
 と言ってくれた。
「う、うん!!」


 あの時、あの場所でのあの言葉が私にとってどれだけ重要なものだったか
 藤木君は気付きもしていないだろう。

 それから、私は藤木君を自然と目で追うようになっていた。
 気付いたら私は恋する女の子になれていて、恋愛に対する恐怖心はまったくなくなっていた。







― いつか、いつの日か、私がこの思いを打ち明けたとき
    藤木君は私を『一緒に戦ってくれる彼女』にしてくれますか? ―



あとがき
体育大会の時点で既にイメージはできていたのに、なかなか書かなかった作品です。
過去を書くって面白いです。有香と雄二がお互いを知らなかった頃。
如何にして出会い、何が原因で有香が雄二を好きになったのか。
本編じゃ書けないことかもしれません。

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