あたしの選択は決して間違いじゃない……。 ― よぉ、聞いたか? あの疾風の風華がなんと! 地球の人間を選んだんだってよ! ― ― へぇ、彼女……今回は諦めちゃったのかな? ― ― まぁまぁ、彼女も休みたいときくらいあるんじゃないか? ― なんとでも言えばいい。あたしが選んだのはこの子で間違いない。 そして私は雄二と名付けられた男の子と生命と魂の共有を決めた……。 可能な限り、リオラートの生物を選ぶ。これはあたし達の中では常識だった。 人間がダメなら知能の高いモンスター、それがダメなら……といった感じだ。 つまり私の取った行動は他の者達から見れば異常でしかないのである。 地球の生物に憑いた者は選考にあぶれた者達なのである。 しかも地球の人間。生物上、長く生き延びる可能性が高い生物だ。 他の生物であれば食物連鎖などの関係で急死する可能性はぐっとあがる。 本来、地球の生物に憑く者はなるべく弱い生物を選ぶ。 昆虫や家畜。食物連鎖の下の位の生物だ。 必然的に死を迎え、一日でも早く次の選考に回ろうとする。 そんなことが行われる理由はいたって簡単。 世界の性質上、リオラートの方が圧倒的に声が届きやすいからだ。 地球で目覚める者なんていないに等しい。 次の選考に回った方が確率は高いのである。 その雄二という少年は5歳で少女の尻に敷かれていた。 (……選択、間違ったかしら) 確かにこの魂に光を感じたのだが、それが気のせいに思えてきた。 「雄二! 早く来な!」 「ちょっと待ってよ春ちゃん!」 とっとと走っていってしまう女の子に追いつこうと急ぐ我が宿主。 ― 早すぎるんだよ……僕のことも考えてくれよ! ― 心の声があたしに届く。 (あとはそれを声に出せればねぇ……) 雄二が自分のことを「俺」ではなく、「僕」と呼んでいた頃のこと。 幼馴染のことを「春ちゃん」と呼んでいた頃のこと……。 あたしは自分の選択が間違いだったのではないのか、と疑っていた。 「はっ、雄二。まだまだだな!」 「うるせぇよ! 絶対に追い抜いてやっからな!!」 雄二がある事件を境に井上春香に井上流を教わっているとき。 ― ちくしょう! あんな思い二度としてたまるかよ! 強くなってやる! ― 悔しくても手が出せなくて……それでも怒りは収まらなくて…… あたしにも伝わってきた、心が張り裂けそうなほどのやりきれなさ。 (頑張れ! アンタは絶対に強くなれる! その意志があれば!) 何度やられても立ち向かっていく、あたしはそんな雄二にどんどん惹かれた。 この子の心の強さ、あたしにも分けてもらえた気がした……。 (ん?) 雄二が眠っているときに繋がりの兆候を見せるようになってきた。 (聞こえる!? 雄二!?) ― ………… ― (切れた……か) あたしの見た光は気のせいなんかじゃなかった。 この子はいつかあたしと話し、あたしを呼び出すことができるようになる。 その確信は日を追うごとにどんどん強まってきた。 1年に1度くらいのペースで数秒間だけだが、声が届き始めた。 「雄二! 手伝え!」 「またかよ……」 ― 俺、何のために強くなったんだ? ― (いや、あたしに聞かれてもねぇ……) どこかのチンピラを他のことを考えながら潰していく雄二。 その強さは……いつか役に立つだろう。 (強くなりなさい……。 身体も心も強くなりなさい……) 心がどんどん成長していくのを感じた。 声の届く間隔もどんどん短くなってきた……。 こんなこともあった。 ― 分からねぇ……ここまで出てるんだよなぁ…… ― 歴史のテスト中の雄二。思い出そうと必死になっていた。 (そこは「生類憐みの令」よ!) 繋がった一瞬を狙って叫んでみた。 ― 思い出した! 「生類憐みの令」だ! ― カリカリとひらがなで書いていく。漢字までは思い出せなかったらしい。 (これって……カンニングかしら?) 繋がったときの声が聞こえるようになってきていることを確認できた。 「おい! 寝るな! このままじゃ補習だぞ!」 「Zzz……」 現在早朝4時。高校1年、1学期の期末テストで早くも行き詰っていた。 と言っても行き詰ったのは春香ちゃんであって雄二じゃない。 「お前が寝たら意味ねぇだろうが! お前が頼んだんだぞ! オイ!」 「うるさい!」 春香ちゃんの体を揺すっていた手を振り払われる。 「…………」 ― やれやれ、仕方ねぇな…… ― 「よっ!」 雄二は春香ちゃんの腕を取って手首をひねり、軽く痛みを与える。 「!!?」 (うわぁ……) 一瞬で体勢が変わり、春香ちゃんが雄二に腕ひしぎ十字固めを極めていた。 「いてぇ! ギブ! ギブだ!」 「……勉強再開だ」 目が覚めた春香ちゃんはいそいそと机に戻り勉強を始める。 「礼くらい言ったらどうなんだ!?」 「む……サンキュー」 ― ……ありがたさがまったく感じられん ― (同感……) ― ん? 誰かなんか言ったか? ― (あ、聞こえちゃった?) ― …………。 気のせいか ― (気のせいじゃないって……もう切れてるか) 惜しいところであった。目覚める日も近い気がした日だった……。 そして……ついにこの日がやってきた。 (繋がった!! しかも感度良好!! ん、んん!!) 喉の調子を整え、話しかける準備をする。 『私の力が必要か?』 ― いや、いらねぇ ― (……こっちは呼んで欲しくてうずうずしてるってのに!) あまり無理なことは言えない。二度と耳を傾けてくれなくなるかもしれない。 『そうか、助けが必要になったら呼んでくれ』 あくまで大人びた女性のように……優しく呼びかける。 ― いや、いらないし。呼ばないし…… ― (…………) 本当に呼び出してくれるのだろうか? この子があたしの名を呼んでくれるときがくるのだろうか? 『助けが必要なら呼んでくれ。私の名前は……風華よ』 「なんやねん!! お前の名前はなんやねん!!」 途中で交信が切れてしまったらしい。私の名を教えることはできなかった。 でも、いつか呼んでくれることを信じてる。 (信じてるからね……雄二) そして……そのときはやってきた。 雄二の瀕死のピンチと共に……。 (呼んでくれたのならあたしはいつでも貴方の力になってあげるわ…… たとえ貴方が世界を敵に回しても、誰が貴方の敵になったとしても……) |